« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »

2025年10月29日 (水)

九州国立博物館で「法然と極楽浄土」をみる

九州国立博物館には結構出かける、今回は法然と極楽浄土という出し物で宗教はあまり好まないが暇な時間もたっぷりあるからと見てみることにした。クルマで行って驚いた、駐車場が満杯近い、こんなありさまは見たことがない。浄土宗が気になる人がこうもいるということなのだろうか、わからない。まずは午後のバックヤードツアーの予約をする、これがこの日の大きな目的でもある。法然のほうを見始めるがとにかく人が多い、ガラスに沿って列をなして観るのはしんどいので2列目の自由に動ける位置で適宜見て回る。写真撮影は最後のところ以外はできない、展示が多くて頭に入らない、特にかすれたような宗教Hounennx 画が次々に現れるが有難みを感じられなくてフーンという感じしかしない。彫像のほうはほうというものが色々あって結構面白い。福岡市の善導寺から出されている小ぶりの善導大師立像(添付図はパンフレットより)はかわいらしい姿だが調べると頭部に歯が入っているZenndoux のが九州国立博物館のCTスキャンで解ったという。善導寺を開いた聖光上人の歯ではないかともいわれているようだ。いかにも宗教の世界らしい。徳川家康は浄土宗に入れ込んでいたようで等身大の家康像も展示されていてちょっと驚いた。仏師康猶に秀忠が命じてつくらせたもので1620年より前に作られたとされているようだ。目力といい本人のリアルな存在感が伝わってくる。知恩院が所蔵しているが通常は見れずこんな特別展でだけ公開されるようだ。
これは確かになかなかの展示会だ。
この後せっかくだからと4階の文化交流展示室もみる。沖ノ島の遺物(国宝)が目を引いてしまう。
やはり億劫がらずにここは来てみるべきところのようだ、日本に4つしかない国立博物館なのだから。

| | コメント (0)

2025年10月27日 (月)

博多座で芝居「また本日も休診~山医者のうた~」を観る

年に1回くらい博多座で芝居を観ている。2週間くらい前に観たのは「また本日も休診~山医者のうた~」 という舞台で、昭和の人情劇あるいは人情喜劇といってもいいものだった。主役の山医者は柄本明が演じ、他に渡辺えり、江口のり子、佐藤B作、など名の知られた俳優が出演している。パスカルズの演奏が舞台の中に入って流れるといった凝ったところもある。
福岡市の市民半額観劇会に応募しての半額補助での観劇だ。原作者の見川鯛山は那須湯本に開業していた医師で栃木の雰囲気が少し懐かしくなってこんなのを見るのもいいかとの感じがしていた。もう栃木を離れて13年位になる、人生の半分以上を過ごした栃木は離れてみるとその意識がどこかに染みついていて時折上ってくる。Kyuusinn
家内は体調不良でいけなくなり結局一人で出かける。話は山医者が開業する周辺の土地にリゾート開発の話が持ち込まれそれをとりまいて動く人間模様が軸なのだが今から思い出そうとしても具体的にどんな筋だったのかよみがえってこない。それくらいどうでもいいその場その場での笑いをとったり共感をよんだりして進む人情劇としか言いようがない舞台だった印象がある。下ネタめいた笑いの取り方もあってさわやかなという印象もない。これって栃木らしいというのかな、なんか違う、よそ者の目で見た栃木じゃないのかな、見終わった後の感想はそうだった。原作の見川鯛山の「田舎医者シリーズ」の中からいくつかをつなぎ合わせてつくられているようで脚本家田村孝裕による味付けが前面に出ているのかな、今はそんな風に思っている。しょうがないのかもしれない。
芝居を観ていると異空間にさまよい出たような感覚が流れる、時にはそんな感触が懐かしくなってまた見たくなる、しかしもう残り時間が少なくなってきた、次はいつになるだろうか。

| | コメント (0)

2025年10月20日 (月)

「ボーイング強欲の代償」という本を読んでみる

2018年から2019年に起きた、どうみてもボーイングに責任のある737MAXの連続墜落事故のその後の成り行きがなんとなく気になっていた。去年の年末に出された「ボーイング強欲の代償ー連続墜落事故の闇を追う」という本が目に留まって図書館へ借り出し予約を入れたが人気のようでやっと今月初めに貸し出し順が回ってきて読んでみた。
要するに一世を風靡した感のあったジャックウBoeinggouyoku ェルチの経営手法を体得したGE出身の経営者達がボーイングに持ち込んだ株主資本主義の考え方が諸悪の根源にあるというのだ。
確かにGE流の経営はいびつなところがあるのだろう、でもそれが資本主義だ、資本主義社会では受け入れられる経営だ。事故をそれが原因だと非難することはそのような資本主義体制が悪いのだ社会体制を変えろというにほぼ等しい、政治的な視点だ。航空機が落ちるのはもっと技術的な理由が先にある、そこを深堀りできないこの筆者の議論はどうしても上滑りではないかと思ってしまう。
似たような経緯の事故として1960年代にTtail形態の旅客機(BAC111)の試験機が失速時にリアエンジンの後流に水平尾翼が入り安定操縦性が失われてディープストールで墜落した件が思い起こされる。その後も長年航空界はTtailを使ってきた。どうにかすれば危険は回避される、そのどうにかに知恵を絞ってきた、それが航空機の世界のように思う。手だての一つが失速に入りそうになると強制的に頭下げ操作を行うスティックプッシャーだった。今回の737MAXの墜落の原因となったMACSの失速防止でやっていることがスティックプッシャーがやっていることとほぼ同等だ。スティックプッシャーで失速を免れるそのこと自体はそれほどおかしいことではない。問題は一個の迎角センサーしか使わず単一故障でカタストロフィックな結果をもたらされないという冗長系設計の原則がこの場合なされていなかった、それが見過ごされていたというところにある。設計管理システムに過誤があった、ということになる,それがなぜチェックにかからなかったか、という点にある。もしそれが意図的にチェックにかからないようにされていたとするならこれは明らかに犯罪行為だ。それが最初に議論すべき点のように思える。そのような行為をどう防止できるかが必要な考察なのだろう。犯罪者が悪いというより株主資本主義が悪いのだとはなから言い張るようなロジックをこの本の書きっぷりに感じてしまう。読後感がどうにもよくない。こんな本もある。

| | コメント (0)

2025年10月18日 (土)

10月9日の九響コンサート、ベートーヴェンの8番がとにかく眠い

九響の定期演奏会というとこのころは機械的に聴きに行くような気がしている、あまり良いことでもない気もする。今回は小泉が指揮するベートーヴェンとチャイコフスキーだ、何だかどうだと名前で押してくる感じだ。19時開演でコミュニティバスと電車を使って天神に出るが電車の接続がよくて18時過ぎには天神についてしまう、30分かからない。少し余裕があるのでよく見たことのないワンビルを4階まで上がってみる。蔦屋が出店していて見るが、書店はやはり魅Qkyo434koizm 力的刺激的で、書店がなくなる世の中は寂しい。ともかく出来て間もないワンビルは都会的で面白い。アクロスのホールに入っても開始まで余裕があったので12月の第九の切符も会場で発注する。郵送で届くという。もう年末が迫っている。
今日は席は1階左前2席目、近くて生々しい。ベートーヴェン8番から始まる、こんな曲だったっけ、ふかふかしたメロディーでとにかく眠い。情けないが殆どそれしか記憶にない。これはいかんと休憩で500円コーヒーを飲むがうまくない、飲み切れない、体調がいまいちなのかもしれない。自宅のキリマンジャロは贅沢すぎるのだろうか、しみついてしまったようだ。次はチャイコフスキーの4番、これは新しい感じがして眠くならない。しかし作られたのは日本でいえば西南戦争の時代で、とても新しいということはできない、クラッシックの世界の時間の進み方ががどこかいびいつのような気さえしてくる。でもいい演奏だ。
バスで帰る、随分と混んでいる、ウイークデイの21時頃の世の中に久しぶりに触れたようでこれも何だかいい。

| | コメント (0)

2025年10月 5日 (日)

福岡アジア美術館の特別展 ベトナム、記憶の風景 を観る

ベトナムという国がちょっとわからなくて気になっていたところへ福岡アジア美術館で 特別展 ベトナム、記憶の風景 というベトナム美術展が開かれていると知り、これは見たほうがいいのではないかという気がして見に行った、もう2週間くらい前のことだ、あっという間に時は過ぎる。
昭和通り(昔住んでいたころは50m道路と呼んでいた、昔から広かった)の中央にある入り口からリバレインの地下駐車場に入り、少し奥のこの辺かというあたりにクルマを止めて近くのエレベVietnumart ーターに乗ると直通で福岡アジア美術館に出る。中州だが車で行くのが便利のようだ。
近年のベトナムの歴史をたどって展示は進む。フランスの植民地だったのを日本軍が進駐してフランスを追い払い終戦後またフランスが当然のようにやってきてベトミンとの戦いになる、フランスは追い詰められ撤退して今度は米軍がドミノ理論を抱いてあらわれる、ベトコンとの戦いになり、最終的にはアメリカも追い払う、長い苦しい闘いの歴史だ。日本もその歴史にかかわっている、戦前の日本人画家の作品も紹介されている。抽象画と呼べるような絵は一枚もない、それも当然のように思える。作品それぞれになにがしかの物語がありインパクトがある。
歴史的な戦前の作品やベトナム戦争時の作品、そしてその後のものを見ていく。複雑だ。貧困の実相もある。これはそのままのベトナムを受け入れるほかない、そう思ってしまう。
出口に来るとベトナム人らしきレポーターに日本語で呼び止められる、テレビ取材してもいいかとくる。無論OKだが、どこのメディア?と聞くとベトナム放送局だという。これはちゃんとしてる、ちょっと面白い。何故この展をみることになったか、どう思っていたか、見た後はどう思うか、といったあたりだ。ベトナムという国がわからなくて見に来たがやっぱりよくわからない、流れているものは感じ取れたような気がする、というようなことをとげがないように話した記憶がある。やり取りの一部が切り取られてベトナムで放送されるのかもしれない。しかしともかく何かに参加できたような感触が残ってそれがいい心の残照となっていると感じる。一度ベトナムという国に行ってみなければと思う、でももう遅いかな、そんなことを考えながら会場を後にした。

| | コメント (0)

2025年10月 4日 (土)

2025年9月の福岡市南区周辺の野鳥

暑さは和らぎ始め、南に渡っていく鳥がみられるようになってきた。おや、という鳥も現れたり楽しい季節になってきたのを感じる。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2025.9.2 15:00 薄曇り       7Cu030 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:スズメ40位、ハシボソガラス1

2025.9.5 16:45 晴れ 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:カワセミ1、

2025.9.6 15:00 曇り 風力1-3 6Cu020 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 バン9(若7親2)、マガモ3、アオサギ1、キンクロハジロ♂1、ホシハジロ♀1、ドバト3+

2025.9.7 14:00 晴れ/曇り 風力1-2 5Cu030 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:キジバト声1、 新市楽池:バン1、スズメ1、

2025.9.9 14:20 曇り 風力1-2 8Cu020 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿助池:スズメ10位、ドバト7位、コゲラ1、チュウダイサギ1、ムクドリ2、ハシボソガラス1 新市楽池:バン1、 中公園:なし

2025.9.10 14:00 曇り 風力1-3 6Cu020 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 アオサギ1、バン8-9、スズメ1、ドバト5+、マガモ3、ホシハジロ♀1、キンクロハジロ♂1

2025.9.12 15:00 曇り 風力0-1 7Cu025 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿助池:エナガ10位、ヒヨドリ声、ドバト2、 新市楽池:バン2、 中公園:マガモ1、 間:シジュウカラ2

2025.9.13 11:00 曇り       7Cu020 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 バン9(親2若7) 、アオサギ1、ホシハジロ♀1、キンクロハジロ♂1、マガモ3、スズメ、ドバト、(ベニトンボ)

2025.9.14 14:30 曇り 風力0-1 7Cu020 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 バン9(親2若7) 、アオサギ1、ホシハジロ♀1、キンクロハジロ♂1、

2025.9.17 11:30 晴れ 風力0-1 4Cu040 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 バン親3+ヒナ9、キンクロハジロ♂1、スズメ2-3、

2025.9.18 13:30 晴れ 風力0-1 3Cu030 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿助池:ドバト2、アオサギ1、(アオスジアゲハ2) 新市楽池:バン1、(ギンヤンマ) 中公園:シジュウカラ2+、コゲラ1、ムクドリ2+、

2025.9.19 14:00 曇り 風力1-2 2Cu030 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 イソヒヨドリ1-2、バン9(親2+若7)、マガモ5(♂3♀2)、ホシハジロ♀1、キンクロハジロ♂1、スズメ1、ドバト3+、カワセミ1

2025.9.22 15:30 曇り 風力0-1 7Cu020 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:マガモ♀1、シマアジ♀1、ヨシガモ♀2 新市楽池:バン2、

2025.9.24 15:40 曇り    8Cu020  福岡市南区長丘自宅前の野鳥  シジュウカラ1

2025.9.25 14:45 曇り 風力0-1 7Cu030 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コムクドリ8位 新市楽池:バン2、

2025.9.26 14:10 小雨 風力0-1 7Cu020 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ6(♂2♀4)、ホシハジロ♀1、キンクロハジロ♂1、ドバト3+、スズメ20位

2025.9.29 16:00 晴れ 風力0-1 3Cu030 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:アオサギ1 新市楽池:バン1、

2025.9.30 10:45-11:15 晴れ 風力1-2 2Cu030 福岡市油山片江展望台 ノスリ1、ハチクマ13

01kawasemi0905aa1 02marugamo0906aa1 03kogera0909aa 04cyudaisagi0909b 05aosagi0910aa 06enaga0912ga21a 07banwaka0914aa1 08hoshiha0917aa1 09simaaji0922d2a 10yoshigamo0922a11nosuri0930ca31

写真は上左から  カワセミ(9/5中公園)、マガモ♀(9/6西ノ堤池)、コゲラ(9/9鹿助池)、チュウダイサギ(9/9鹿助池)、アオサギ(9/10西ノ堤池)、エナガ(9/12鹿助池)、バン若(9/14西ノ堤池)、ホシハジロ♀(9/17西ノ堤池)、シマアジ♀(9/22中公園)、ヨシガモ♀(9/22中公園)、ノスリ(9/30油山片江展望台)

| | コメント (0)

2025年10月 1日 (水)

9月の短歌

毎日日記とともに俳句と短歌をひとつづつ作ることにしている、無論書きなぐりだ、心の記録にはなるだろう。
愚痴やら人前には出せない歌やら多くて、9月の短歌からこれくらいなら、というのを書き連ねてみた:

久しぶり鷹柱伸ぶ秋の空荒れた天気も休みたいのか
歯が欠けて砕け行くさま見る思いこうやって地球に帰っていくのだろう
パソコンもぱっぱといかぬ歳になるこの後いかに生き延びようか
完売だ角野が連れてくるショパン乗り移ってホールを支配す
いにしえの遺跡はどこに消えたのか大事にしないのがこの街の特技
落ちる時さらさらとでなく見えもせず時は落ち行くつかめない時
ボランティアそれもできない歳回り頭の中は言い訳ばかり
ベトナムの解らなさ出ずコアはどこそのままを受け取るだけだよな
夏過ぎて図書館かよう日々虚し探し物は何かわからぬまま
ぐうたらな息をしながら日を過ごす旅に出たくも障害幾多
なんとなく世界陸上眺めてる見やめるふんぎりなきぞ悲しき
火曜日は日常切れる魔法の日忙しけれどなにやら楽し
死期迫るなすべきことのあるものか流れる時間構える心
みてしまう世界陸上ねむいだけザハ競技場まぼろしのごと
エクセルの仕様微妙にうつろいて処理がエラーになったりの秋
家事出来ぬボケはゆるくに締め付けるいたわしくもあるやその姿
ここまでに何をしてきたのだろうか去った時間のむなしきこと
AIとはてなき会話空しくてこんな未来は来てほしくない
寝坊して一日遅れの日記書くすくってもこぼる時のいとおしき
寝過ごして見れずにすぎた月食を次は来春残り少なし
家事ばかり毎日が直ぐおわる日々生きていくとはこんなことかも
忙しくせかすように雑事ありもとは土より生まれし物を
朝昼夜食事つくりもいたにつくいつまでつづくこんな生活
雑事にて埋められてしまう貴重な時こうやって人は社会と切れていくのだろう
音楽の歳を超えたる持続性米寿のピアノタッチきっちり

| | コメント (0)

« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »