« 老司瓦窯遺跡に行ってみる | トップページ | 2025年9月の福岡市南区周辺の野鳥 »

2025年10月 1日 (水)

9月の短歌

毎日日記とともに俳句と短歌をひとつづつ作ることにしている、無論書きなぐりだ、心の記録にはなるだろう。
愚痴やら人前には出せない歌やら多くて、9月の短歌からこれくらいなら、というのを書き連ねてみた:

久しぶり鷹柱伸ぶ秋の空荒れた天気も休みたいのか
歯が欠けて砕け行くさま見る思いこうやって地球に帰っていくのだろう
パソコンもぱっぱといかぬ歳になるこの後いかに生き延びようか
完売だ角野が連れてくるショパン乗り移ってホールを支配す
いにしえの遺跡はどこに消えたのか大事にしないのがこの街の特技
落ちる時さらさらとでなく見えもせず時は落ち行くつかめない時
ボランティアそれもできない歳回り頭の中は言い訳ばかり
ベトナムの解らなさ出ずコアはどこそのままを受け取るだけだよな
夏過ぎて図書館かよう日々虚し探し物は何かわからぬまま
ぐうたらな息をしながら日を過ごす旅に出たくも障害幾多
なんとなく世界陸上眺めてる見やめるふんぎりなきぞ悲しき
火曜日は日常切れる魔法の日忙しけれどなにやら楽し
死期迫るなすべきことのあるものか流れる時間構える心
みてしまう世界陸上ねむいだけザハ競技場まぼろしのごと
エクセルの仕様微妙にうつろいて処理がエラーになったりの秋
家事出来ぬボケはゆるくに締め付けるいたわしくもあるやその姿
ここまでに何をしてきたのだろうか去った時間のむなしきこと
AIとはてなき会話空しくてこんな未来は来てほしくない
寝坊して一日遅れの日記書くすくってもこぼる時のいとおしき
寝過ごして見れずにすぎた月食を次は来春残り少なし
家事ばかり毎日が直ぐおわる日々生きていくとはこんなことかも
忙しくせかすように雑事ありもとは土より生まれし物を
朝昼夜食事つくりもいたにつくいつまでつづくこんな生活
雑事にて埋められてしまう貴重な時こうやって人は社会と切れていくのだろう
音楽の歳を超えたる持続性米寿のピアノタッチきっちり

|

« 老司瓦窯遺跡に行ってみる | トップページ | 2025年9月の福岡市南区周辺の野鳥 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 老司瓦窯遺跡に行ってみる | トップページ | 2025年9月の福岡市南区周辺の野鳥 »