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2025年11月30日 (日)

トリニティ**3

小林エリカの「最後の挨拶」を読んで少し感じるところがあってこれは「トリニティトリニティトリニティ」もやはり読んだほうがいいかなと図書館から借り出して読んでいた。予感通り何だかきつそうな話だった。トリニティという言葉が動き回る、アメリカの原爆開発(トリニティテスト)、放射能の石を握る老人達(トリニティと呼ばれる)、更には(父と子と精霊というより)母と子と血の三位一体(つまりトリニティ)、が出てきてトリニティの3乗ということのようだ、よくわからない。でも興味深い本だ。例えば中で出てくる戦前

Trinithy3 の日本の原爆計画がそれなりに進められていたあたりなどは、そんな話も聞いたようなとの気がしてくる。改めてネットで調べてみると当時かかわった中根元理化学研究所副理事長のインタビュー記事に行き当たったりする、仁科博士を中心に二号研究と呼ばれた原爆研究が行われていた、確かにそのようで、ウラン濃縮まで着手していたようだ。また、これも出てくるナチスのUボート:U234潜水艦で日本に向かってウラン化合物を運んでいたというのも、ほぼ事実のようだ。日本に向かって大西洋を航行中ドイツ敗戦の報が入り、そのままアメリカに投降して日本には届かなかった、この時艦内にはウラン化合物550㎏位があったとされる、箱にU235と書かれていたようでウラン235の化合物として運んでいたようだ、U235の臨界質量は23㎏ということを考えると十分原爆の材料になる位の量だったと思われる。米国へ投降してこのウランが米国に渡っているのでこれが日本に投下された原爆の材料になったということはありうることのように思えてしまう。当時ドイツには遠心分離濃縮の技術はなかったと言われるがドイツで遠心分離濃縮を研究していた研究者をソ連軍が捕獲しこれにより2年後にソ連が原爆実験を行ったことを思えばなにがしかの濃縮技術はドイツにいた時にすでに保持していたと考えてもおかしくないように思う。米国もソ連もこと原爆の開発については本当のことはしゃべらないと決めているふしを感じる。ソ連は最初の原爆は遠心分離で濃縮したウランではないガス拡散によったと当時説明していたが後にそうではなかった遠心分離だったと訂正している、何か本当のことは言いにくい事情があったようだ。それは今も続いているのかもしれない。奪い取ったナチスの科学技術がその後の米ソの宇宙レースと核開発レースの基盤を与えていたというのは考えてみればとんでもない話のように思えてくる。

面白い本だ。こんな本は、興味に従って本を離れて考えというか思いを宙にめぐらせていく、そんな読み方が好きだ。

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2025年11月24日 (月)

中国が気になって

日課のように気象データを毎朝取得しているが、つい先日中国のゾンデデータの11月18日12時UTCのデータが全土で欠測という事態があった、1ヵ所が欠測というのはよくあることだが全土一斉にというのはそのような指示が出たかという気がしてしまう。これはまた台湾を巡る高市発言で過敏になっている中国が軍事データにもなる気象データの提供をやめる事態にまでなったのか、と暗澹とした気分になったのだが、翌日になってまた復活した、いつも通りのデータ提供となった。国際的取り決めがある以上ずっとやめるというわけにはさすがに行かないのだろう。
こんなこともあってくだんの高市発言とは本当のところ何だったのだろうか、中国の対応がここまでのものになるのは誤解といえるのだろうか、と少し調べてみた。

問題の発言は2025年11月7日の衆院予算委員会で行われた高市早苗首相と立憲民主党の岡田克也元幹事長の質疑応答ででてきたものだった。(発言表記は時事ドットコムによる)
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岡田克也氏 まず確認したいのは存立危機事態以外、つまり限定のない集団的自衛権の行使は違憲である。これが従来の政府の考え方だと思うが、維持されているか。

高市早苗首相 憲法上、わが国による武力行使が許容されるのは、いわゆる3要件を満たす場合の自衛の措置としての武力の行使に限られる。

(以下、説明、やりとりあった後)

岡田氏 そういった答弁があるにもかかわらず、一部政治家の不用意な発言が相次いでいる。例えば高市首相は1年前の自民党総裁選で、中国による台湾の海上封鎖が発生した場合を問われて「存立危機事態になるかもしれない」と発言した。私も「絶対にない」と言うつもりはないが、どういう場合に存立危機事態になるという考えだったのか。

(やりとりのあと)

首相 例えば台湾を完全に中国・北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。単なるシーレーン封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれない。偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれない。いろんなケースが考えられるが、やはり戦艦を使って武力行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考える。

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確かにちょっと言いすぎているようにも感じる。
こういう表現では台湾進攻に戦艦が登場するような武力が使われたのならそれは日本にとっての存立危機事態だと考えると述べていることになる。こんな風に台湾が侵攻されたら日本が直接攻撃される危機があるので日本も武器で応じることができる、として、日本が直接攻撃されることが起こっていなくても武力で対応するといっていることになる。
これは結構刺激的な発言に見えてしまう。もし中国が台湾に攻め込めば日本は出兵すると言っている風にもとれるように思う。
ここで想起してしまったのは1949年中国共産党軍が蒋介石の率いる国民党が支配する台湾へ進攻しようとし、武力衝突が金門島で発生、結果蒋介石軍が大勝した、その時蒋介石軍を現地で助けたのが密航して台湾に渡った旧陸軍の根本陸軍中将他数名の日本人軍事顧問団だったという歴史だ。形を変えてまた日本の介入が起ってしまうのかという思いが中国側の頭をかすめたのはありそうなことにも思ってしまう、日本の介入は何としてでも排除しなければならないと中国側が思ったとしてもしかたのないことなのかもしれない。

高市答弁がやや唐突に強い姿勢を示したように見えるのは、ここに至る10日くらいの間に10月28日のトランプとの会談、10月31日の習近平との会談と立て続けに重い会談を行ってきているが、トランプからは台湾有事では日本も軍事的役割を果たすよう念押しがあったのかもと想像してしまう、それを言っておかねばという思いに駆られての発言だったのではなかろうか。
こんな事態の進展は考えるだけでなんとなくやりきれない思いがしてくる、たとえ中国と台湾の共存が難しい状態に至ったとしても武力衝突は勘弁願って平和的に合作の歴史が繰り返されることをここは望みたい。

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2025年11月20日 (木)

高島野十郎没後50年展をみる

13年前に宇都宮から福岡に越してきた頃 福岡の美術は?と県立美術館を訪れて高島野十郎の何枚かの絵と出会った。これはと思った、ここまで描き切っている写実性に強い印象を受けた、それ以来その名が少し気になっていた。2日前のことになるが、その没後50年展がやはり福岡県立美術館であっているというのでこれは行かねばと出かけてみた。巡回展で千葉が終わってここへ2番目の会場として移ってきたようだ。駐車場は満車だったがちょうど1台出てきて際どく入れた、平日なのに結構入っている。4階から回り始める。県立美術館所蔵のものが多く既視感があるが改めて見入ってしまう。風景画では木の葉一枚小枝1本までそのままのようにSelf1 描き切っている。どのくらいの集中を要するのだろうか、ひずみの無い視点が恐ろしいばかりだ、写真をはるかに越えるリアル感に溢れている。
量の多さも驚くばかりだ。4階から3階へと移っていくがこれでもかとばかり次々に作品が並ぶ。多すぎかもしれない。終わりのほうは見方もラフになってしまっているのを感じてしまう。
戻って少し調べると、今回の巡回は福岡の後 豊田市、大阪、東京、宇都宮 とまわるとある、宇都宮?と思ってしまう。ちなみに10年前に没後40年展も開かれていたようだがこの時は福岡県立美術館Springrain から始まって東京目黒、足利、筑後市(九州芸文館)と巡っていた、ここでも栃木県が顔を出す。何か関係者でもいるのかと調べるがそんなようでもない、ChatGPTに聞いてみても同じ答えだ、細やかに描かれた透明感のある風景画に北関東の自然と通じるものがあるということからかもしれない。そう思うと少し腑に落ちる。

また絵をかいてみたくなる、日々のどこかにそんな時間を作らねばと思い始めている、もう余り時間がない。

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2025年11月18日 (火)

だいじゅがらみで遠い鳥を観る、思いのほかAIが使える

もう1週間前のことになるが、暫く行ってなかった有明海のだいじゅがらみに鳥見にいってきた。潮位が5mを超えないと喫水線が遠く鳥見には適さないとされるが個人的な事情もあり、前日ならばまだましだったのに失念してしまっていたというのもあり、とにかくここを逃すと暫くはいい時期がないと思い返して出かけることにした。潮位は満潮の13時半ころで4.5mとなっていてこれでは水際は柵から300mくらい先になるというネット書き込みもあったりで、どうみても期待できないが、ゼロよりはましだろうと出かけた。気力がいまいちなのもあって高速を選択する。距離が長くなってそれほど早くつけるわけでもないのだが、気分の問題の気がしていた。
途中で買ったコンビニおにぎりやサンドイッチを食べながら走る。余り気合が入ってないのもあってとにかく満潮とされる13時31分には浜に出て鳥を眺められるタイミングで到着するがぎりぎりだ。シチメンソウ見Zugurokamome1110aa1_20251118000601 物の人ばかりのようだ。水際は確かに300m位かなたの感じで鳥 は遠いがズグロカモメはそんなに遠くなく眺められる、時折遠くの水際で群れが立ち上がる、迫力はないが、見た、という感じはする。カメラ(P900)は最大望遠(83倍)でデジタルズームも使ってその1.8倍から2倍にまでしてみる、ここまではダイナミックファインズームとして劣化が抑えられるとマニュアルにある。3脚なしで杭の上において使っていているがそちらのほうがきつい感じがする。頭を出さない眠っている姿勢の鳥も多くとにかく観にくい撮りにくい。30分くらい眺めていてもういいかという気分になる。遠い鳥の姿は判定困難だ。戻って超望遠のショットを眺めてもウーンという感じが大分ある。ここはAIに頼るかとGoogle レンズとChatGPTに判定させてみると結構いい判定をする、これは使える。(下の写真左から順に)ダイシャクシギ、シロチドリ、ミユビシギ、 チュウシャクシギ、他にもアオアシシギまたはイソシギ、とこれだけでは決められない時は候補を上げてくる。こういう作業がAIは得意というように思えてくる。
しまった、潮位が低くなってもうだめかとあきらめずに思い切って一歩踏み出してみる、これがまた新しい世界を見せてくれる、まだまだ面白いことは尽きないようだ。 Daisyakusigi1111a Sirochidori1111a Miyubisigi1111ba Cyuusyaku1111aSigixx1111b  

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2025年11月15日 (土)

小林エリカの「最後の挨拶」を読む

前にも書いたような気がするがNewsweek日本版の「世界が尊敬する日本の小説36」というのがなかなかの特集だったとの印象があって、眺めていてその中の小林エリカの「トリニティトリニティトリニティ」が気になった。タイトルが、ということではある、世界最初の原爆がニューメキシコで爆発したあの実験の名前がトリニティだったと思っている。何だか読むにはきつそうな話のイメージがしたが、ともかく小林エリカの名前は全く知らない、どんな小説を書いている人だろうと市立図書館の蔵書で調べて、「最後の挨拶」に行き当たった。直感ではトリニティよりは読みやすくてちょっとよさそうな気がして借り出して読んでみた。こんな風にして知らない小説家の知らない作品に行き当たるのは面白い。
中身は作者の父にまつわる記憶の集積のような作品だった、もちろんコナンドイルの小説「最後の挨拶」も引用している、父が生きてきたあかしのようなものを残したい、でもそれは重い、一人の人間の生きて引っ張ってSaigonoisatu きたすべては大変な量になる、ともかくそれが最後の挨拶になる。ここでは東日本大震災も父親のなくなった挨拶のようにも見えてしまう。読み終えると自分も最後の挨拶を残すことを考えねばならないような気がしてきた。少なくとも自分の子供たちにはどんな人生を送った父親だったかを解るようにしておかねばと思ってしまう。今はそんなものは何もないしちゃんと話もしたことがないような気がしている。できるところからできる方法で残していくか、そんなことを思い始めている。

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芥川賞候補だったトラジェクトリーを読む

令和7年上半期の芥川賞は該当者なしだった、というのが報じられてずいぶん経ったような気がする、受賞作が掲載されるはずだった文芸春秋9月号を図書館から順番待ちをして借り出し暫く読んでいたが、返却期限が来たのでまた見直していた。芥川賞は該当者なしだが候補作「トラジェクトリー」が掲載されている、多分受賞に一番近かった作品ということなのだろうととにかく読んでみた。作者のグレゴリー・ケズナジャットという名前は全く聞いたことがない、外国人のようだが日本語で書いたのだろうかとそのほうが気になってしまう。ネットで調べると、米国サウスカロライナ州出身、1984年生まれ、父親はイラン出身、サウスカロライナTrajectry1 州立大を2007年に卒業後来日、第2言語としての日本語で小説を書くようになり 2021年、「鴨川ランナー」で第2回京都文学賞を受賞、2022年の群像11月号掲載の「開墾地」が2022年下期芥川賞の候補作となる。今回で2度目の候補ということのようだ、現在法政大学准教授、驚くような経歴だ。ふとNewsweek日本版のこの9月に「世界が尊敬する日本の小説36」という特集が組まれていたのを思い出した、日本語で書かれた小説に世界の目が向けられている現実があるようだ、日本語という言葉と小説の響きあいに何か人を惹きつけるものが生み出されているのかもしれない。「トラジェクトリー」は今一つ分からない感を残して読み終える、おそらく作者が来日後経験したであろう2つの言語が行き交う世界が細かく書き込まれている、それが最後まで続いて突然終わる。ここで終わり?というのが素直な読後感だ。これは芥川賞には無理かな、そうも感じる。しかし、何かを持っている、前回候補の「開墾地」はどうだったのだろう、ともかく図書館に予約することにした。3回目というのがまたあるかもしれない、そんなことも感じてしまう。日本語の持つグローバルな価値、それは考えていかねばならない時代なのかもしれない。

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2025年11月12日 (水)

リオクオクマンの指揮する九響でバルトークのヴァイオリン協奏曲2番を聴いたり

先週、アクロス福岡に出かけて九響の定期演奏会を聴いた。
放送大学生としての学生割引が利用できるのでB席を選択するのだが手配が遅かったのもあり今回は1階中央部の前から4列目となった。全体が見えないがソロバイオリンが近い分迫力があるだろう、くらいに思っていたが座ってみるとやっぱりオーケストラを聴くには近すぎる、しょうがない。今回の演奏会は中国マカオ出身の指揮者リオクオクマンとソロバイオリン金川真弓が看板のようだ。どちらも自分にとっては初めて聞く名前だ。曲はバルトークの「ルーマニア民族舞曲」、「ヴァイオリン協奏曲第2番」、ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」の3曲でこれもバルトークの2曲は全く聞いたことがない、「ペトルーシュカ」は聴いたことがQkyo435teiki あるかもしれないがしかと記憶にないというありさまで、ほぼ白紙の状態で演奏会に臨んだ。
1曲目はいかにも東欧の民族音楽を拾った感じで軽く聞ける、2曲目にソロバイオリンが登場しこれが今日の目玉のようだ。開始前のプレトークで指揮者から12音階の曲と説明がありシェーンベルクのような難解な辛い曲かと身構えたがそんなことはない、確かに尖っているが普通に聞ける。1楽章で曲はもうこれで終わりかと思うほどに完結した印象を受ける、2楽章は少し落ち着き後半でオケのピチカートとヴァイオリンの掛け合いのような雰囲気がありこれは前の席で聞いて面白い感じがしたりもする。しかし解説ではハープが活躍するとあるが席からは見えないのもあってハープを聴いた気がしない、前の席故の不利も明らかなようだ。不安な気持ちにさせる3楽章で曲は終わる、全体に楽しい感じのしない曲との印象が残る、作曲された第2次大戦直前という時期の欧州の不安な情勢が反映されているのかもしれない。指揮者リオクオクマンを聴くというよりバルトークと向き合う感じが強い。演奏技術の高さがヴァイオリンにもオケ全体にも求められている曲のようにも感じられ演奏者に感謝したくなる。
休憩をはさんでストラヴィンスキーのペトルーシカとなるがこちらははるかに楽に聞ける、
こうも違うものかと思ってしまう。
それにしても今回は曲目の設定自体に主張が明らかなように感じられる、この曲目ならこの指揮者とリオクオクマンが呼ばれたのかなとも思ってしまう。そもそも九響の定期演奏会の曲目は誰がどのように設定しているのだろうかと知りたくなる。この辺をChatGPTに相談したりして調べてみると演奏曲目の設定は基本的に音楽主幹/音楽監督が行う、今は音楽主幹 はこの7月に交代して柿塚拓真となっている、常任音楽監督は不在でミュージックアドバイザーがその任を果たしているのかもしれないということのようだ。そうならそうとそれらの人たちが直接語ってくれる場があれば理解が深まるのにな、とも思ってしまう。


ともあれ色々考えさせてくれる刺激的な演奏会だったような気もしてきてなんだか楽しい。

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2025年11月 3日 (月)

2025年10月の福岡市南区周辺の野鳥

冬鳥のコサメビタキやジョウビタキも現れて賑やかになってきた。猛暑の期間は姿を消していたヒヨドリやカワラヒワも戻ってきた、これらも留鳥ではなく渡り鳥の一種になっていくのだろうか。
これとは別に今年生まれたスズメの若鳥の群れがやたら目立つようになったりカラスの若も面白かったりと、いい季節になってきたように感じる。

手元のメモに残された記録は下記の通り:

2025.10.2 15:00 晴れ 風力1-2  福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサメビタキ3+、スズメ20-30、 新市楽池:バン1

2025.10.3 16:20 曇り 風力1-2 8Cu020 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ10位、コサメビタキ疑1-2、カワセミ1、 新市楽池:バン2、シジュウカラ1、ハシブトガラス若1、

2025.10.7 14:30 曇り 風力1-3 6Cu020 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:スズメ30+、コサメビタキ疑2ー3、コガモ1、シジュウカラ声1、ハシブトガラス1 新市楽池:バン1、

2025.10.9 14:20 晴れ 風力1-3 3Cu040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ハクセキレイ声1、ヒヨドリ声1-2、コサメビタキ4+(飛行4、枝1) 新市楽池:なし

2025.10.10 15:30 晴れ 風力1-3 1Cu040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  鹿助池:アオサギ1、コゲラ声1、ドバト7、 新市楽池:バン2、 中公園:ドバト3、

2025.10.1414:30 晴れ 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 キンクロハジロ♂1、アオサギ1、バン2、カワウ1、マガモ♂2♀2、ホシハジロ♀1、スズメ

2025.10.1514:40 晴れ/曇り 風力0-1 7Cu040 福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 マガモ6♂♀、キンクロハジロ♂2、バン2、ホシハジロ♀1、スズメ30+、モズ声、アオサギ1、ドバト4+、カラス2+

2025.10.19 15:45 曇り 風力0-1 8Cu020 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コガモ12、ハシブトガラス1、 新市楽池:バン1、

2025.10.20 16:00 曇り 風力1-3 4Cu030、Ci,Ac 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ヒヨドリ声、 新市楽池:バン2、

2025.10.22 15:00 曇り       7Cu025 福岡市大濠公園の野鳥 ホシハジロ、オオバン、マガモ、ウミネコ、セグロカモメ若、カワウ、ヒドリガモ
2025.10.23 14:30 晴れ 風力1-2 3Cu040 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ジョウビタキ♀1、ヒヨドリ声4+、ハシブトガラス1、ハクセキレイ2♂♀ 新市楽池:バン2、

2025.10.24 14:30 快晴 風力1-2  福岡市城南図書館裏西ノ堤池の野鳥 スズメ30+、ドバト7+、マガモ2♂♀、アオサギ1、カワウ1、バン2、ホシハジロ♀1、キンクロハジロ♂1、カササギ1+、ハシブトガラス3+、ハクセキレイ2♂♀

2025.10.25 16:00 曇り 風力0-1 8Cu025 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ1、キジバト1、ヒヨドリ1+ 新市楽池:バン1
2025.10.27 16:15 快晴 風力1-3 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:ヒヨドリ声、ジョウビタキ♀1、アオサギ1、コサギ1、 新市楽池:なし
2025.10.31 15:00 曇り 福岡市南区長丘周辺の野鳥  中公園:コサギ2、カワラヒワ3+、ジョウビタキ♀1、コゲラ1-2、

02kosamebtk1002a2a 03hasibutowaka1003aa1 05ban1007aa1 07aosagi1010 09kogamo1019aaz2    

10hakusekireiwaka1021aa1 11segurokamomeimm1022aa 12kosagi1025 13jyoubimes1027ba1 14hiyodoritnb1029aa1 15kwrhw1031aa31
写真は上左から  コサメビタキ(10/2中公園)、 ハシブトガラス若(10/3新市楽池)、バン(10/7新市楽池))、アオサギ(10/10鹿助池)コガモ♀(10/19中公園)、ハクセキレイ♀若(10/21西ノ堤池)、セグロカモメ若(10/22大濠公園)、コサギ(10/25中公園)、ジョウビタキ♀(10/27中公園)、ヒヨドリ(10/29中公園)、カワラヒワ(10/31中公園)

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2025年11月 1日 (土)

2025年10月の俳句

ほぼ毎日書きなぐっている俳句、2025年10月分。
秋が過ぎていく

知らぬ花咲きいでし鉢秋寂し
ヒヨドリの声高らかに秋深し
もう咲くかキンモクセイの秋が来る
ジョウビ♀鋭き声はチベットから
江戸流の粋を見せたりホトトギス
近池にコサギ戻りて冬ちかし
木暗がり一瞬のきらめきジョウビタキ
オオバンにまた会う季節めぐりきて
やっと出た巻雲の舞う高い空
寒波受け渡りしコガモ疲れ果て
エサ台のヒマワリの種虫の声
ひっそりと今年しまいのシオカラの
柿紅葉あさがおの夏まだ続く
あれはモズ刻む季節のゆるぎなき
みずひきの赤撮れなくて目は優秀
時ならぬサツキツツジの狂おしさ
眠い秋本ばかり読む秋が来た
予約した第九の切符年の瀬か
冬香り若きスズメの身構える
バン一羽寂しく秋のハスの池
中秋の忘れたように名月が
雨強しイヌマキの実の揺れるさま
月変わりゴロゴロごろと秋深し
眠き朝早く目覚めて秋深し

        ルリビタキ空

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