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2026年5月 2日 (土)

2026年4月の俳句・短歌・579の句

毎日寝る前に1句づつ書いている 俳句・短歌・579の句 の2026年4月分です。ほぼ書きなぐりですが読み返すと書いた時の空気を思い出してちょっといい。

俳句 俳号:ルリビタキそら

庭先のマツバウンラン涼しげに

ぬくき雨四月というにサツキ咲く

藤棚は西南隅に花残し

コデマリのほのかに咲きて夏近し

赤額婚姻色のバンがいて

セッコクのもどきが咲いて春じまい

ロボットにブログ盗られて春の雨

糸島はつつじもいいけどカワトンボ

つつじ花咲き続けてや夏を呼ぶ

カワウとて初々しくて春の池

冬鳥のいない池にはバン寂し

あじさいの早すぎる花終わりかけ

ツツジ咲く勢いよくて花移り

勢いに負けじと松の緑摘む

チューリップ原種という花の不思議

日曜というにあまりの春うらら

アオサギも軽やかに飛ぶ春気分

孤立せりシロヤマブキの潔さ

シャガ咲きて仏陀の生まれのリアリティ

春嵐ゴミ出し袋もあれあれと

散り際も美しくあれ櫻花

スズメらも高ぶりてみゆ櫻花

桜過ぎクルメツツジが次主役

桜咲きクルメツツジも賑やかに

ハシビロは北に帰らず不調らし

4月馬鹿それも出ずに籠りたり

 

短歌:

熱高しじりじり体侵される生物のもう終わりの時か 

のど痛し次第に気管を下るよういつかはこれで終わりとなりそう

あらがえず介護事業はひたひたと退路を断って攻め寄せるよう

大きすぎウルメイワシをいただけりこれがイワシか浜でも釣れそう

聴かれれば世界を10周回りたいやりたいことはその程度

面倒な介護サービス手続きの手順を踏んで終わりに向かう

何をして過ごしたのかな解らない時間が無くなってくるばかりか

人類の宇宙の奇跡たる重み無き日ばかりが過ぎていく今

春の雨緩く降り込め日を過ごすこうして命削られていく

いつの間につつじ名所になったのか浮嶽なかなか風つつじいろ

切らぬ馬鹿つぶやきながら梅を切る次第に手には負えなくなりて

音楽を素直に聴けずコンサート歳はとりたくないものだなあ

デジタルの機器接続は危機的か時代違えば端子も移ろう

ぼろぼろと壊れ行く家電限界かもう身を引けといわれてるみたい

ボケ妻を持て余してや流れゆく自分のことで流れに竿を

青やかに伸びる紅葉木隣家まで慌てて剪定今年は早い

春深しギリシャ悲劇の講義受く放送聴きついつのまうたたね

時間無いそればかりにて巡り行く刻々と過ぐ貴重な時間が

雨降りは庭の花々眺めいるこれもなんだかわるくないなあ

期のかわりテレビも寿命に新しく全てのものは年を取り行く

櫻花散り始めても満足に感じてしまう日本の心

ハナモモの散りし後には銅葉出で緑無き葉を青葉と呼べず

クレマチスぽろりぽろぽろ咲きだして小さな花と流れる時間

さくら咲くさくらさくらで日もすがら今年は咲きっぷりがことのほか

もう限界何もできなくなってしまう生きているだけの時間

 

579の句(5-7-5でなく5-7-9で詠んだ句):

冷凍を食べてしのぐもいつまでもつかいな

風邪ひきかのどの痛みと肺に来る恐怖と

今更にピンクフロイドたどるテレビの前

見直せばこんな筋だっけ明日に向かって撃ては

むなしくて走りながらのランチ食べた気せず

ブログ書く無理にでもとて書きすさんでしまう

親しんだいつもの道が通行止めとはな

寂しさの幹事倒れし同期会このままかもしれぬ

だらだらと夜を過ごしてもう丑三つ時か

見渡せば鬱陶(うっとう)しくなり松の緑摘みぬ

こうやって人生は閉じいくのか春うらら

手際いい連絡も来ず老け行く同期会

コーヒーの焙煎香る昼下がり春めく

テレビ換え悪戦苦闘の春が過ぎて行く

変わり目にテレビも壊れあたふたあたふた

昔ならいやにもなったまたこの鳥の声

時々の誤嚥の恐怖胸かすかに痛み

このところカラスばかりカラスも野鳥なれど

十月桜もまだ咲けりさくらさくらさくら

やることといえばつまらぬ映画だらだら見

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