2026年5月14日 (木)

キンボーイシイの指揮する九響でドンファン/ドンキホーテを聴く

このところ九響の定期演奏会はプログラムによらず聴くことになってきた。こんな聴き方も選択の労が無いだけ楽でいいし新しい出会いがあっていいような気がしている。
5月はキンボーイシイの指揮でRシュトラウスのドンファン、テレマンのドンキホーテ、またRシュトラウスでドンキホーテとドンづくしのプログラムとなった、曲としてはいずれも初めて聴く曲だ。
16時32分のバスで高宮駅まで行って西鉄電車で天神へいく、夕食を取るQkyo439kinbo にしてもやや早く水鏡天満宮をぶらぶらしてみたり那珂川沿いに天神中央公園まで行って鳥がいないか見るが水鳥はバンの姿もなく全くのゼロ、鳥はといえばスズメの数羽の群れ位だ、そういう季節になってしまった。地下に降りてひらおのてんぷらを食べる、いつもの「あじわいこめし」、また上がっている、1100円を超えた、しかし、まあしょうがない。今日はそう混んでない、7-8人待ちで番が回ってくる。
アクロス入場するがまだまだで次回の切符など買って暇をつぶす。キンボーイシイのトークが暫くある、キンボーイシイはドイツにいたころテレマンゆかりの地の近くで過ごしていたという、テレマンにはちょっとした思い入れがあるようだ。演奏者が舞台を埋めて曲が始まる。まずはRシュトラウスのドンファンだ、なんというかけばけばしいというべきか深みが感じられない、Rシュトラウスが世に出した最初の曲といってもいいい初期の曲だという、そうですか、というくらいで感慨がない。次はテレマンのドン・キホーテ。20人くらいとぐっと小ぶりの編成になるが楽器が面白い。いかにもバロックの実直なテレマンのドンキだが突然風音がはいってきてびっくり、黄色いドラムのようなもの(風音器)を回して出しているようだ何だこれはと思ってしまう、不思議な鐘を使った響きも出てきて、これがドンキの世界かと思ってしまう。休憩後次のRシュトラウスのドンキにいく。テレマンに輪をかけて派Fuuonki 手になる感じがしてしまう、もちろん風音器による風の音もある、独奏チェロがドンキ、独奏ビオラが従者サンチョと説明にあるがその2つが際立つというよりオケのうねりに埋もれてしまうような感じがして音場全体でドン・キホーテの世界を表現しているように思えてくる、そこはテレマンと同じかもしれない。もちろん曲想は随分違うが。万雷の拍手で独奏チェロのタマーシュ・ヴァルガが カザルスの演奏/編曲で知られるカタルーニア民謡”鳥の歌”をアンコール演奏して終了となった。なかなか面白い試みのコンサートだった。でもなんとなく正面から音楽を聴いたというには少し違うかなという感じが残った。音楽の存在全体、そういうものかもしれない。Qkyo0513

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2026年4月19日 (日)

九響の英国セレクションのコンサートを聴く

昨日は15時からのアクロスでの九響のコンサートを聴きに行った。いつものようにクルマで行くが途中で工事通行止めあり迂回、でも遅くはならず2時やや過ぎ位で天神中央公園下駐車場に到着した、土曜の午後ということもあり駐車は満表示だったがそのまま行くと入れそれなりに空きがあってとめられる。なんとかなるものだ。
会場のアクロスコンサートホールに入ると事前の指揮者他による対談のようなのを舞台でやっている、話し方のせいかよくは聞き取れない。でもこういう企画は主催者側の意図が少しでも伝わるようで有益な気がしている。
今回はイギリス作曲家特集だ、全く知らない曲を聴く。1つ目はブリQkyou0418 テンのヴァイオリン協奏曲、岡本誠司のヴァイオリンの響きが美しい、しかし曲全体としては深みが感じられずそうですか、の感じがしてちょっと眠い。自分が歳をとったということかとも思ってしまう。アンコールにバッハ無伴奏パルティータよりサラバンドが演奏される、こっちのほうが矢張りなじむ、聞きやすい。
休憩後のウオルトンの交響曲1番、前のよりは聞きやすい。しかし映画音楽のような感じで切り取ればすぐに映画の場面に貼り付けられそうに思えてしまう、イギリスの作品は概してそう感じることが多い気がする。何故だろう。いい演奏なのだが今回も感動というものはなく、曲のせいもあるかもしれないがやはり歳かなとここでも思ってしまう。心が鈍くなるのはどうしようもないことのようだ。
演奏会後、自宅に戻った夜、最初のブリテンのヴァイオリン協奏曲が思い出せないのでYoutubeに曲くらいあるだろうと探して聞いてみた、ちょっと驚いた、随分なヴァイオリンの技巧を要する曲のようだ、コンサートではそんな感じは全くしなかった、何でもないかのように滑らかに演奏していた岡本誠司というヴァイオリニストの凄さを却って思ってしまった。先にYoutubeを見ておくべきだったようだ。

自分なりの勝手な思いで音楽に向き合いこれを聴く、これがいい。月に一度くらいコンサートに行くペースだが、なかなかやめられそうにないなと思っている。

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2026年3月24日 (火)

ワン・バトル・アフター・アナザーを観る

今年のアカデミー賞受賞の作品賞はワン・バトル・アフター・アナザーという映画だという、全くその名を知らなかった、どんなのだろう、見てみたいと思ってしまう。去年の秋に公開されたものらしいが今福岡で見れる方法はU-NEXTで48時間レンタルするくらいしか思いつかなくてとにかくそれで見てみた。こんなやり方は初めてだがAmazonのFirestick経由でU-NEXTに入って洋画タイトルを探しレンタルとしてクリックするとテレビ画面で見れるようObaa になる。無論有料だ。手探り状態でたどり着いてとにかく見れるようになったので見始めてみた。わかりにくい映画だ、一旦見た後また初めから端折りながらでも見てしまう、見直しするとここの場面はそういうことだったのかと少しわかった気になる、1度目では理解が届かない。白人主義秘密結社に入会審査中のロックジョーが黒人女性との子かもしれないウイラを探し出し親子と出たわけではない検査結果を、親子と出たと誤解してウイラを始末せねばならないと別の男たちに引き渡す、これを結果的にウイラの(少なくも社会的な)父のボブが助け出す。DNAはどうあれどうみてもボブが父親だと思える。説明的な部分の乏しい映像ばかりだが、何かリアルなものが伝わってくる。これが今年のアカデミー作品賞なのか、時代は進んでいる、と感じてしまう、確かにめったに見ない人間的なリアルさの表現がここにはあるようだし、映画としても引き込まれるものを持っていて面白い。 

それにしても映画館で封切り映画を見ていたころが懐かしく思い出される、映画館というと何だか風邪がうつりそうで 今は余程のことでもない限り見に行く気になれない、勇気を奮ってまた出かけてみようか、そんなことを思っている。

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2026年3月13日 (金)

牛田智大のオール・ブラームス・コンサートを聴く

毎月1回はアクロスでのコンサートに行くのが半ば習慣のようになっている、3月は九響の定期演奏会はお休みで何かほかにとアクロスのプログラムを見ていて3月12日の牛田智大のピアノコンサートというのが引っかかった。ブラームスばかりの曲目というのがちょっと。。。とは思ったがこれで行くかと切符を買って出かけた。切符を買ったのは先月だったがその時点で売り切れ寸前で残席は1階最後列に数席あるばかりだった、最後列でも真ん中あたりはそんなに悪い席でもないと直ぐにこれを抑えた。アクロスは床が後ろUsida 向かって2次曲線のようにゆるくカーブして上がっているようで一番後ろでも舞台が良く直視できるしそう遠くもない。
ブラームスといえば重苦しい交響曲を思い浮かべていて、あのピアノ版ではちょっとという感じを抱いていて聴き始めたが、全く違っていた、勉強不足だった。最初の7つの幻想曲(Op116)のはじめから、これは。。。と思うほどに奥行きがありバランスの良い上下運動もあっていい曲だ、曲ごとに速さが語り掛けるように変わり短調長調も織り交ぜてあらわれてくる、深い、組曲のようにも感じられる。そんな調子で休憩をはさんで合計20曲が演奏された。牛田の演奏というより人生も晩期に入っていたブラームスの声を聴く思いだ。牛田がこの曲を抱えて全国ツアーをやるという気持ちというか意気込みというかそんなところがなんとなく伝わってもくる、これを弾きたかったんだ。
最後にショパンの2曲をアンコールで演奏したがショパンが何とはなしに浅薄なような気がするほどにブラームスの深さが印象に残った。
いいコンサートだった。そればかりだ。このツアーのどこかの演奏がCD化されるのを期待するばかりでもある。

牛田智大 オールブラームスプログラム     2026.3.12 アクロス福岡
ピアノ:牛田智大
曲目
ブラームス:
7つの幻想曲 Op.116
  第1曲 奇想曲 ニ短調
  第2曲 間奏曲 イ短調
  第3曲 奇想曲 ト短調
  第4曲 間奏曲 ホ長調
  第5曲 間奏曲 ホ短調
  第6曲 間奏曲 ホ長調
  第7曲 奇想曲 ニ短調
3つの間奏曲 Op.117
  第1曲 間奏曲 変ホ長調
  第2曲 間奏曲 変ロ短調
  第3曲 間奏曲 変ハ短調
6つの小品 Op.118
  第1曲 間奏曲 イ短調
  第2曲 間奏曲 イ長調
  第3曲 バラード ト短調
  第4曲 間奏曲 ヘ短調
  第5曲 ロマンス ヘ長調
  第6曲 間奏曲 変ホ短調
4つの小品 Op.119
  第1曲 間奏曲 ロ短調
  第2曲 間奏曲 ホ短調
  第3曲 間奏曲 ハ長調
  第4曲 ラプソディ 変ホ長調

アンコール
ショパン ノクターン第17番 ロ長調 op62-1
ショパン ピアノソナタ第3番 ロ短調 op58 第4楽章

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2026年3月 8日 (日)

神戸国際会館のコルトレーンの演奏が

このところコルトレーンの演奏を手持ちのCDで聴くことが多くなった、Jazzらしいというか居間がたちまちJazz喫茶の雰囲気を帯びてくる、というか そんなところがよくてそうなっているのかな、と思っている。記憶をたどるとコルトレーンは昔1度だけ死の前年に来日していて、その演奏を神戸国際会館まで聴きに行った覚えがある。まだ坊主頭の高校生で住んでいた西宮市の山手から夜にそんなところに一人で出かけるのはちょっと世間的にはどうなんだろうという思いを引きずっていたのも覚えている。でもアヴァンギャルドに変身したコルトレーンの生き方が謎のようでどうしても聞いてあるいは見ておかねばときつく思っていた。演奏は全く伝わってくるものがなかった、ステージで5人のプレイヤーが死にものぐるいのように演奏しているが聴衆の心に全く届いてこない、その隔絶感ばかりが心に強く残った。こんなコンサートもあるのだ、不思議な感じすらした記憶がある。最近になってネットを漂っていると、この神戸国際会館のコColtranekobe1966b ルトレーンの演奏を客席で個人録音したものがCDとして売られているのに行き当たった、まさか、と思ったが著作権期間が50年であった頃著作権が一旦切れておりその後法改正で70年に延長されてももう切れたままの状態となってこんなことが可能になったように思える。とにかくネットで発注すると数日で送られてきた。音は良くない、ふつうのCDに慣れた耳にはこれ何、と思えるくらいだ。ともかく聴くとあの時感じた隔絶感は少し和らいでいる、当時よりアヴァンギャルドを色々聴かされた結果こんなものだよなと思えるように頭がなっているようだ。でもコルトレーンとファラオサンダースの2本のテナーサックスの聞き分けができない、それを手掛かりを求めてしつこく聞く気にはなれない、音の塊を感じる記念碑で十分ではないか、そんな気がしている。
神戸国際会館で聴いた翌年東京で大学生活をはじめたばかりのある日 巨星墜つ の垂れ幕が渋谷道玄坂のビルから下がった、コルトレーンが死んだのだ、Jazz喫茶はどこもコルトレーンばかりをかけていた。

Jazzという思い出に浸り続ける日々が過ぎていく。

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芥川賞 鳥山まことの「時の家」を読む

令和7年下半期の芥川賞が1月半ばに発表になり直ぐに掲載誌を図書館に予約したが待ち行列はたちまちできており10日ほど前にやっと「時の家」の掲載されている群像8月号のほうの番が回ってきて読んでいた。読み終えたが読後感は微妙な感じだ、確かに新しい書き方ではあるが、とっつきにくいし読みにくい、読んでいて引き込まれる感があまりしてこない、こんな芥川賞もあるのかなあというものだった。著者は建築の大学院を出た1級建築士で建築設計の仕事が本業ということになる、人生に建築以外の軸が欲しかったTokinoie それで小説を書き始めたとインタビューで語っている。確かに建築する側の視点を濃く感じる小説だ。家が主人公であり設計者自身のために建てられたこの家で以降その家を使っていくことになった人に起ることが書きつづられるという形で話は進む。読みにくいのは例えば家を使うことになった3代目にあたる圭さんの話が突然始まる、この人だれ、と思ってしまう、読んでいても話がどう進んでいこうとしているのかが解らなくなる。理系の目でものに接して書いているというのが節々に感じられて、そこは惹かれるところを感じるのだが、何かもう少し何とか、と思う気持ちが抑えられない。全体が詩のような、と思えばいいのかもしれない、今はそう思っている。

読了感は今一つすっきりしないが、それにしても今後どういう風に作者自身の人生が展開するのか、そこのところの興味は尽きない思いがしてくる。どうなるか。

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2026年2月27日 (金)

記憶の容量が

つい先日みずほ銀行から書類が送られてきて何だろうとみると通帳記帳時に一括合算記載となっていた部分の明細だった、たしかにこれは半月くらい前に請求していた記憶がある。パラパラ見ていくとよくわからないUCへの770円の出金が毎月記載されているのが気になった、去年の6月までは275円だったものが7月から急に3倍近くになっている、年にすると1万円近い、会費にしてはちょっとしたものだ、とにかく調べようとする。UCとはなんのことだろう、銀行カードがUCのカードを兼ねている形であり自分自身からの請求とは銀行の何かのオプション契約を勘違いでしたのかと思いめぐらすがよくわからない、お客様サービスに電話しようとしてもオペレーター受付には長い順番待ちができていて待てども一向につながらない。ネットで何かわかるかとUCカードとしての請求明細がわかるかと調べてみる、改めて登録をして明細が見れるようにしようとしてみると、これができてアットニフティからの請求とわかる、Niftyだ。Niftyはメールサービスだけにしていて低い料金だったはずだがと料金表を見るとココログのオプションパックでは770円というのが現れる、ここまできてやっと去年の5月頃ココログの容量が3GBの上限に近づいて5GB契約に変えたことを思い出した、忘れていただけだった。ともかく1日くらいあれこれ思いめぐらしていたのが氷解したがちょっと情けない。それにしても本日現在生きていることは記憶の連鎖だということに思いが至った、パソコンの中に文書で残しても文書があることを忘れていてはないも同然だということになる、多くのことがパソコンやスマホに記憶されて色々楽になっているがすべては頭のどこかに連鎖のかけらでも残っていることが前提の社会の仕組みになっているような気がしている。どこかでついていけなくなるかもしれない。

記憶についてはこれとは少し別のことを今思っている。つい先ほど図書館から長く借

Kaikonchix2x りていたグレゴリー・ケズナジャットの小説「開墾地」を読んだ(著者は日本語で小説を書く外国人作家として知られ芥川賞候補にも2度ノミネートされている)。借り出した当初に読んだ記憶があって、返す前に見直すか、とパラパラ読みはじめたが驚くことに読んだという記憶がほとんど蘇らない。初めての文章に出会った思いがする、90ページくらいの本なので1時間+くらいで読み終えたがその思いに変わりがない、かすかに覚えている前回の読後感は本人の経験そのものを小説にしているな、というものだった、そこは同じだが内容についてはあらすじレベルでも記憶が戻らない。脳がもう容量の上限に達しているかのようだ、ここには無論オプション契約はない。そのうち脳そのもののオプション契約のような容量アップの方法を考え出す人が現れるかもしれない、そうなればいいな、と思ってしまう、人類はこれができればさらなる発展を成し遂げることになるのだろう。とてもその姿は見れないだろうが。

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2026年2月11日 (水)

マーラーの第9番を九響で聴く

寒さはそろそろ終わりが見えてきそうだ。スキーもできない福岡ではなおのこと春が待ち遠しい。日差しの戻った今日の九州交響楽団の2月の定期演奏会はマーラーの第9交響曲だった。満席だ。このところ九響のコンサートは満席が多くなってKyuukyou0211a いるような気がする、営業がしっかりしてきたのだろうか。長い曲で、1曲だけで1時間半くらいを要し、今日はこれ1曲だけだ。眠い日で始まる前から席で居眠りをしていた、気が付いたら始まって少し経っていた。マーラーというと「ベニスに死す」の音楽を思い出してしまうがこれはもっと穏やかな、ある意味人生の日常を表し続けていくような響きだ。生きていくことそのものを描きたかったのではないかと次第に思えていく。最後の死の静寂で終わるところまで来るとそう確信してしまう。長い曲を聴いたという感じがなぜか湧いてこない、いくらでも長くなるところを上手にまとめたなTenjin0211a1z という気さえしてくる。こんな曲だったんだ、いい曲いい演奏に違いない、いくらでも聞いていられる、心地よい。

久しぶりに天神を散歩し新天町も歩いた。こんな日々をあとどれくらい過ごせるだろうか

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2026年1月24日 (土)

579の句を作ってみる

寝る前に俳句をひとつと和歌をひとつまねごとのように書いているが、575にとらわれるのもなんだか古臭いにおいがしてきて、ここは新しい形はないものかとの気がしている。今思いついているのは俳句の575ではなく579の句というのがあるのではないかというあたりだ。575はまとまりがよすぎて広がっていく感じに少し乏しくなるようにも感じている。577というより579まで下を広げると新しい世界ができてくるかなとも思って試しに作ってみる。

突き刺さる寒風を受くなにくそこれくらい

白梅は密かに開き春の一番乗り2026012712utc250mwind

寒波来る極渦こぼれ北極今ここに

俳句のしまりのある感じがなくなって少しばかりとらわれなくなっているところが面白いと言えばそうだ。好きずきだ。

もしかして他でもこんな試みをする人がもういてるのかもしれないとNetで探したりAIに調べさせたりしてみるが今のところ見つからない、

もう少しこの579の57句で遊んでみようかと思っている。

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2026年1月12日 (月)

アクロス福岡で九響のニューイヤーコンサート2026を聴く 今年はいい年になりそうだ

今年のアクロス福岡ではニューイヤーコンサートが続けて開かれた、2026年1月9日はウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団、1月10日は九州交響楽団、とある、両方は無理だなどっちに行こうか、と思ってしまったが、やっぱり地元Newyearconcert2b のオーケストラと新年を祝うのがしっくりいくような気がして、10日の九響のほうを聴いた。15時開演で楽なのもある。
当日出かけると満席だ、やっぱり九響と思った人が多かったのだろうか。
指揮はキンボー・イシイという人だ、よく知らない人だったが、聞いてみるとちょっと軽い感じがしてリズム感のあるポルカやワルツにはまさに適任の人だったように思えてくる、ここらあたりの人選は前の音楽主幹の渡辺 克氏と小泉音楽監督によりなされていたと思われるがなかなかだ。昨年のニューイヤーは生誕周年を軸にした選曲で下野竜也を指揮者としていたが今から振り返るとこれもなるほどと思ってしまう。ともかく今年は定番のポルカやワルツを軸にしたリズミカルなニューイヤーでこれに竹島悟史のピアノで”ラプソディーインブルー”が加わる、これは目玉だ。聴いていくと今まで聴いたこの曲の演奏の中で最もふさわしい弾き方をしている気がしてくる、音がきれいでリズムによく乗っているというか気持ちの良いリズムで弾いてくれる、クラシック側でもない凝り固まったJazz側でもない、要するにガーシュインだ。これは素晴らしい。
拍手万雷でアンコールとなるが、舞台の左手からマリンバが引き出されてくる、こんなアンコールは初めてだ、どこかで聴いたような心地のする優しい響きだ、後で自身の作曲によるミッドナイト・ブリーズという曲だとわかる、竹島悟史という人も良く知らなかったがこれは多彩な才能の人だ、wikipediaではNHK交響楽団打楽器奏者、マリンバ奏者、ピアニスト、作編曲家 とある、こんな人の音楽を新年から聞けるとは今年はいい年になるかもしれない、そんなことを思ってしまった。

今年もいい年でありますように。Newyearconcert2a

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ニューイヤーコンサート2026(福岡)
2026年1月10日15時開演
会場 アクロス福岡シンフォニーホール
曲目
J.シュトラウスⅡ/喜歌劇「こうもり」序曲
J.シュトラウスⅡ/農夫のポルカ 作品276
ヨーゼフ・シュトラウス/ポルカ「小さな水車」 作品57
ヨーゼフ・シュトラウス/ポルカ「おしゃべりなかわいい口」 作品245
L.アンダーソン/舞踏会の美女
ガーシュイン/ラプソディ・イン・ブルー
アンコール:(マリンバ独奏)竹島悟史/Midnight Breeze
休憩
J.シュトラウスⅡ/皇帝円舞曲 作品437
J.シュトラウスⅡ/ポルカ「雷鳴と稲妻」 作品324
J.シュトラウスⅡ/ワルツ「加速」 作品234
J.シュトラウスⅡ/ポルカ「観光列車」 作品281
J.シュトラウスⅡ/ワルツ「美しく青きドナウ」 作品314
アンコール:(オーケストラ)
ヨーゼフ・シュトラウス/鍛冶屋のポルカ
J.シュトラウス1世/ラデツキー行進曲

演奏 九州交響楽団  指揮 キンボー・イシイ 
    ピアノ/マリンバ(アンコール) 竹島 悟史

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