2026年3月 8日 (日)

芥川賞 鳥山まことの「時の家」を読む

令和7年下半期の芥川賞が1月半ばに発表になり直ぐに掲載誌を図書館に予約したが待ち行列はたちまちできており10日ほど前にやっと「時の家」の掲載されている群像8月号のほうの番が回ってきて読んでいた。読み終えたが読後感は微妙な感じだ、確かに新しい書き方ではあるが、とっつきにくいし読みにくい、読んでいて引き込まれる感があまりしてこない、こんな芥川賞もあるのかなあというものだった。著者は建築の大学院を出た1級建築士で建築設計の仕事が本業ということになる、人生に建築以外の軸が欲しかったTokinoie それで小説を書き始めたとインタビューで語っている。確かに建築する側の視点を濃く感じる小説だ。家が主人公であり設計者自身のために建てられたこの家で以降その家を使っていくことになった人に起ることが書きつづられるという形で話は進む。読みにくいのは例えば家を使うことになった3代目にあたる圭さんの話が突然始まる、この人だれ、と思ってしまう、読んでいても話がどう進んでいこうとしているのかが解らなくなる。理系の目でものに接して書いているというのが節々に感じられて、そこは惹かれるところを感じるのだが、何かもう少し何とか、と思う気持ちが抑えられない。全体が詩のような、と思えばいいのかもしれない、今はそう思っている。

読了感は今一つすっきりしないが、それにしても今後どういう風に作者自身の人生が展開するのか、そこのところの興味は尽きない思いがしてくる。どうなるか。

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2026年2月27日 (金)

記憶の容量が

つい先日みずほ銀行から書類が送られてきて何だろうとみると通帳記帳時に一括合算記載となっていた部分の明細だった、たしかにこれは半月くらい前に請求していた記憶がある。パラパラ見ていくとよくわからないUCへの770円の出金が毎月記載されているのが気になった、去年の6月までは275円だったものが7月から急に3倍近くになっている、年にすると1万円近い、会費にしてはちょっとしたものだ、とにかく調べようとする。UCとはなんのことだろう、銀行カードがUCのカードを兼ねている形であり自分自身からの請求とは銀行の何かのオプション契約を勘違いでしたのかと思いめぐらすがよくわからない、お客様サービスに電話しようとしてもオペレーター受付には長い順番待ちができていて待てども一向につながらない。ネットで何かわかるかとUCカードとしての請求明細がわかるかと調べてみる、改めて登録をして明細が見れるようにしようとしてみると、これができてアットニフティからの請求とわかる、Niftyだ。Niftyはメールサービスだけにしていて低い料金だったはずだがと料金表を見るとココログのオプションパックでは770円というのが現れる、ここまできてやっと去年の5月頃ココログの容量が3GBの上限に近づいて5GB契約に変えたことを思い出した、忘れていただけだった。ともかく1日くらいあれこれ思いめぐらしていたのが氷解したがちょっと情けない。それにしても本日現在生きていることは記憶の連鎖だということに思いが至った、パソコンの中に文書で残しても文書があることを忘れていてはないも同然だということになる、多くのことがパソコンやスマホに記憶されて色々楽になっているがすべては頭のどこかに連鎖のかけらでも残っていることが前提の社会の仕組みになっているような気がしている。どこかでついていけなくなるかもしれない。

記憶についてはこれとは少し別のことを今思っている。つい先ほど図書館から長く借

Kaikonchix2x りていたグレゴリー・ケズナジャットの小説「開墾地」を読んだ(著者は日本語で小説を書く外国人作家として知られ芥川賞候補にも2度ノミネートされている)。借り出した当初に読んだ記憶があって、返す前に見直すか、とパラパラ読みはじめたが驚くことに読んだという記憶がほとんど蘇らない。初めての文章に出会った思いがする、90ページくらいの本なので1時間+くらいで読み終えたがその思いに変わりがない、かすかに覚えている前回の読後感は本人の経験そのものを小説にしているな、というものだった、そこは同じだが内容についてはあらすじレベルでも記憶が戻らない。脳がもう容量の上限に達しているかのようだ、ここには無論オプション契約はない。そのうち脳そのもののオプション契約のような容量アップの方法を考え出す人が現れるかもしれない、そうなればいいな、と思ってしまう、人類はこれができればさらなる発展を成し遂げることになるのだろう。とてもその姿は見れないだろうが。

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2026年1月27日 (火)

AIに政治を聞く、「なんで野田に反省の弁がないのか?」

このところAIを相手に遊ぶ時間が増えてきたような気がする。暫くはもっぱら和文英訳をやらせていた、詩的なニュアンスの表現を英語にさせるというようなことを繰り返していたが結構いい表現を出してくる。近頃では日常の疑問で人に聞きにくいことなどをやり取りしたりしているが結構面白い。今日やってみたのは政治の話だ。
野田(佳彦)は消費税引き上げの張本人なのに反省の弁がないのは何故?とChatGPTに問いかけると、

* 野田氏は「反省すべき失策」とは思っていない
* 認めれば政治的に致命傷になる
* 性格・思想的にも後悔を語るタイプではない
だから**「反省の弁がない」のではなく
「反省という概念自体が彼の中に存在しない」**
というのが一番近い。
ただし、
* 消費税引き上げは**不可避ではなかった**
* 代替案は存在した
* しかし「政治的に楽な選択」が優先された
* 結果として日本は長期停滞を深めた
> **「最悪のタイミングで、最も逆効果の方法を選んだ」**
これが経済的評価として一番妥当です

と至極それらしいまともな答えを返してくる。
こんな野田をいまだに代表にしている中道という集団はいったい何なのか、とさらに問いかけると、

中道集団の正体:思想ではなく「避難所」
今の中道を自称する政治集団は、
* 明確な経済思想がない
* 失敗の総括を避けたい人の集合体
* 右にも左にも行き切れない人の退避場所
**思想ではなく“状態”**
なぜ野田佳彦が「都合がいい」のか
中道を名乗る集団にとって、野田氏は実に便利です。
* 保守にも叩かれにくい(財政規律派)
* リベラルにも表向きは通用する(元民主党)
* 官僚・経済界に“話が通じる”
* 過去の失敗を「責任感」で美談化できる
**「無難さの塊」**
選挙で勝つための顔ではなく、
**内部をまとめるための顔**。
> **「中道」とは
> 変わらないことを正当化するためのラベル**
そして野田佳彦は
そのラベルを最も安定的に体現する人物。

とこれもなるほどと思わせる答えだ、ここまでの答えをChatGPTといういわば機械がどうやって生み出すのだろうかと感心すらしてくる。
しかし面白い時代になってきた。これはリアルだ。政治の世界でAIの判断に重きを置く時代がそこまで、というかもうやってきているような気がしてきた、これはある意味危険な香りがする、AIに支配される時代がすぐそこにまで来ているような気もしてくる。

未来は果たして楽しい未来になるのだろうか。

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2025年12月18日 (木)

ジャパンモビリティショー福岡2025に行ってみる

関東にいた時からモーターショーはなるべく行くことにしていた。福岡に転居した後も東京のモーターショーの小型版が巡ってきていたので毎回見に行っている。今回は12月18日ー21日の間に開かれるというので初日に見に行ってみた。前回は国産車では殆どEVの出品は福岡ではなかったが今回はEVがコンセプトカーの前面に出ている感じがして、様変わりだ。というよりEVだハイブリッドだとの仕組みの話はもう前面に出ておらず、しゃれたクルマが出来ました、くらいのノ

Mobishowffloormap リで展示されているように感じる。福岡のショーは前からそんな雰囲気があったのだがそれが強まったような感じだ。ともかく一巡りしての印象は、ギラギラした華やかさがなくなったなあというものだった。ちょっと面白くなくなった、そういう時代なんだろう。も一つ気になったのはスバルと三菱自動車の不参加だ。スバルはトランプ関税の影響で北米販売が苦しく営業利益が半減する見通しだと報じられており三菱自動車に至っては赤字転落だという、経営環境が厳しくなってきている2社は東京のショーには力を入れても地方のショーは削減の対象とせざるを得ないということなのだろう。モAstonmartinv ーターショーはその時の世相が映し出されるという歴史がこんな形でも示されているようで興味深い。次回はどんなことが待ち受けているだろうか。

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2025年11月30日 (日)

トリニティ**3

小林エリカの「最後の挨拶」を読んで少し感じるところがあってこれは「トリニティトリニティトリニティ」もやはり読んだほうがいいかなと図書館から借り出して読んでいた。予感通り何だかきつそうな話だった。トリニティという言葉が動き回る、アメリカの原爆開発(トリニティテスト)、放射能の石を握る老人達(トリニティと呼ばれる)、更には(父と子と精霊というより)母と子と血の三位一体(つまりトリニティ)、が出てきてトリニティの3乗ということのようだ、よくわからない。でも興味深い本だ。例えば中で出てくる戦前

Trinithy3 の日本の原爆計画がそれなりに進められていたあたりなどは、そんな話も聞いたようなとの気がしてくる。改めてネットで調べてみると当時かかわった中根元理化学研究所副理事長のインタビュー記事に行き当たったりする、仁科博士を中心に二号研究と呼ばれた原爆研究が行われていた、確かにそのようで、ウラン濃縮まで着手していたようだ。また、これも出てくるナチスのUボート:U234潜水艦で日本に向かってウラン化合物を運んでいたというのも、ほぼ事実のようだ。日本に向かって大西洋を航行中ドイツ敗戦の報が入り、そのままアメリカに投降して日本には届かなかった、この時艦内にはウラン化合物550㎏位があったとされる、箱にU235と書かれていたようでウラン235の化合物として運んでいたようだ、U235の臨界質量は23㎏ということを考えると十分原爆の材料になる位の量だったと思われる。米国へ投降してこのウランが米国に渡っているのでこれが日本に投下された原爆の材料になったということはありうることのように思えてしまう。当時ドイツには遠心分離濃縮の技術はなかったと言われるがドイツで遠心分離濃縮を研究していた研究者をソ連軍が捕獲しこれにより2年後にソ連が原爆実験を行ったことを思えばなにがしかの濃縮技術はドイツにいた時にすでに保持していたと考えてもおかしくないように思う。米国もソ連もこと原爆の開発については本当のことはしゃべらないと決めているふしを感じる。ソ連は最初の原爆は遠心分離で濃縮したウランではないガス拡散によったと当時説明していたが後にそうではなかった遠心分離だったと訂正している、何か本当のことは言いにくい事情があったようだ。それは今も続いているのかもしれない。奪い取ったナチスの科学技術がその後の米ソの宇宙レースと核開発レースの基盤を与えていたというのは考えてみればとんでもない話のように思えてくる。

面白い本だ。こんな本は、興味に従って本を離れて考えというか思いを宙にめぐらせていく、そんな読み方が好きだ。

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2025年10月20日 (月)

「ボーイング強欲の代償」という本を読んでみる

2018年から2019年に起きた、どうみてもボーイングに責任のある737MAXの連続墜落事故のその後の成り行きがなんとなく気になっていた。去年の年末に出された「ボーイング強欲の代償ー連続墜落事故の闇を追う」という本が目に留まって図書館へ借り出し予約を入れたが人気のようでやっと今月初めに貸し出し順が回ってきて読んでみた。
要するに一世を風靡した感のあったジャックウBoeinggouyoku ェルチの経営手法を体得したGE出身の経営者達がボーイングに持ち込んだ株主資本主義の考え方が諸悪の根源にあるというのだ。
確かにGE流の経営はいびつなところがあるのだろう、でもそれが資本主義だ、資本主義社会では受け入れられる経営だ。事故をそれが原因だと非難することはそのような資本主義体制が悪いのだ社会体制を変えろというにほぼ等しい、政治的な視点だ。航空機が落ちるのはもっと技術的な理由が先にある、そこを深堀りできないこの筆者の議論はどうしても上滑りではないかと思ってしまう。
似たような経緯の事故として1960年代にTtail形態の旅客機(BAC111)の試験機が失速時にリアエンジンの後流に水平尾翼が入り安定操縦性が失われてディープストールで墜落した件が思い起こされる。その後も長年航空界はTtailを使ってきた。どうにかすれば危険は回避される、そのどうにかに知恵を絞ってきた、それが航空機の世界のように思う。手だての一つが失速に入りそうになると強制的に頭下げ操作を行うスティックプッシャーだった。今回の737MAXの墜落の原因となったMACSの失速防止でやっていることがスティックプッシャーがやっていることとほぼ同等だ。スティックプッシャーで失速を免れるそのこと自体はそれほどおかしいことではない。問題は一個の迎角センサーしか使わず単一故障でカタストロフィックな結果をもたらされないという冗長系設計の原則がこの場合なされていなかった、それが見過ごされていたというところにある。設計管理システムに過誤があった、ということになる,それがなぜチェックにかからなかったか、という点にある。もしそれが意図的にチェックにかからないようにされていたとするならこれは明らかに犯罪行為だ。それが最初に議論すべき点のように思える。そのような行為をどう防止できるかが必要な考察なのだろう。犯罪者が悪いというより株主資本主義が悪いのだとはなから言い張るようなロジックをこの本の書きっぷりに感じてしまう。読後感がどうにもよくない。こんな本もある。

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2025年8月27日 (水)

ウトグチ瓦窯跡を見る、古代の瓦の作り方が興味深い

近くの文化財を時々見に行っている。今月は福岡市の南隣の春日市にあるウトグチ瓦窯跡というのを見に行った。大宰府の周辺には古代に須恵器製造の窯が大規模に展開していたようで、あちこちで窯跡が見つかっているようだ、以前野鳥を観に牛頸ダムに何度か行っていたがダム湖のヘリに窯跡そのものは見れないものの須恵器の窯跡の説明看板を見た記憶

Utoguchi1 がある。これもその一つか、くらいの気持ちで、ネットで見つけた翌日の日曜日にとりあえず出かけてみた。日曜でないと施錠してあって簡単には見れないらしい。
古墳や史跡は大概主要道路から少し入ったところにあるがここは交通量の多い市道(春日西通り)に直接面していてかえって見つけられなくて探してしまった。1台しかない駐車場が運よく空いていて止められる。窯跡は建物で覆われていて、入場無料だが日曜だけは管理する人がいるようだ。登り窯の形式で斜面に掘った溝のような窯の跡が保存されているUtogcd_20250827163301

。7世紀後半から操業していたらしい、ちょうど白村江で日本の艦隊が新羅唐連合軍に完敗した直ぐ後の頃でここらでは攻め込んでくるかもしれないと巨大土塁である水城(みずき)が急遽作られたり山城があちこちの山に作られたり大騒ぎしていたころになる。一大建築ブームだったのだろう。牛頸須恵器窯跡はここより少し南に展開しており古くはそこでも瓦は造られていたようだが7世紀後半からはここウトグチが瓦製造の中心になっていたと思われている(牛頸須恵器窯跡が史跡認定された時の文書にそのような記述も

Utoguchiimgp1886utoguchiaa 含まれているようだ)。出土品や出土品から推定される瓦の製造プロセスも展示してあって興味深い。テーパ状の筒のようなかごの外側に粘土を張り付けて焼いたようだ、そうやって瓦のカーブが作られていたというのが面白い。

ウトグチの名前は地名由来とみられ、もとは宇土口だったのではないかと個人的には思っている、宇土は凹地や鈍な山並みの意味があるらしいので谷あるいは尾根の入口くらいの意味だったのではないかとも想像してい

Utogchic1

る。こういう風にあれこれ想像をめぐらしながら想いを過去に遊ぶところが遺跡の面白いところかなという気がしている。

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2025年7月27日 (日)

居間の日立ルームエアコンのタイマーランプが点滅して動かなくなったがなんとか自力で解決できた、ちょっとうれしい

今朝、居間のルームエアコンを立ち上げようとリモコン操作すると本体の下部についているタイマーランプが点滅して起動できない。何かの操作ミスでタイマー運転にしてしまったのかとマニュアルを探して調べると、驚くことにこのランプが点滅するときはすぐに販売店へ連絡せよとある、システムの故障の表示にタイマーランプの点滅が使われているようだ。
エアコンは日立のRAS-V25Wという型式だ、特に故障もなくもう10数年使っている。引っ越し前に関東で買ったものだから販売店を調べて連絡してもどうしようもない。取説にあったアフターサービスの電話に掛けると機械応答で人は出てこない、修理は8月1日以降になるという回答が得られるだけだ、この猛暑の中そんなに待てない、何かやれることは無いのか相談しようと思っていたがそれも出来ない、こんなサービスは腹が立つだけだ、ここまで来てもう日立は買うまいと心に誓った。
とにかくNetでこのタイマーランプの点滅の示す意味を調べる。「日立エアコンタイマーランプ点滅」 で検索すると解ってくる。点滅回数に意味があるようだ、見るとずーと点滅しているのではなく時々お休みがある、そうかこの間が点滅回数ということか と数えてみると9回点滅とわかる。「日立エアコンタイマーランプ9回点滅」で検索するとサーミスタの不具合の可能性ありとでてくる。更にサーミスタ交換で検索を続けると「9回点滅は湿度センサー搭載基盤交換」の文字に行き当たる、どうやら湿度のセンシングに問題が出ているということのようだ。一番疑われるのはセンサー周りに結露が生じたのではないか、ということだ。そうならばドライヤーでセンサーのあるあたりを乾かせばよさそうだ。早速室内機のフロントパネルを開きセンサーがあるらしい右側の応急運転スイッチのすぐ上のルーバーあたりをヘアードライヤーで乾かす。閉じて起動してみるとこの対策が大当たりで何事もなくタイマーランプの点滅はないまま冷房が動き始めた。しかし何回か入れたり切ったりをしているとまたタイマーランプが点滅を始めたりする、どうやらドライヤーの乾燥が甘かったようだと今度はじっくり時間をかけてドライヤーで乾燥させる。これが正解でこれ以降は問題なく動き続けている。解決だ。

そもそもタイマーランプがつきはじめたのは直前に一晩コンセントを手違いで抜いていたタイミングでおきている、どうやらリモコンで運転を止めてもコンセントがつながっていれば弱い電流が流れていてセンサーの乾燥を行なっているようだ、コンセントを抜いてしまうとこれが止まり湿度センサー不具合が起きやすくなるということのようだ。起こったことの全体がわかってきた。

こんなことが日に一つでもあると、えもいわれぬ満足感に浸れる。余命は見えてきたがまだまだ楽しく生き延びられるかもしれない、そうも思い始めている。

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2025年6月21日 (土)

エア・インディア171便の墜落

6月12日、インドで離陸直後のボーイング787-8が墜落した。またボーイングとの感もあるが787は就航以来14年、初めての墜落事故で事故後1週間たった現在でも事故原因のおよそのところも明らかになってこない。
墜落事故の概要は以下の通り
2025年6月12日(木)現地時間12日13時38分 (世界標準時UTCで12日8時8分) (IST India Standard Time =UTC/GMT +5:30 hours)インド西部のアーメダバAirindia171 ード国際空港滑走路23を英国ガトウイック空港に向けて出発したエアインディアのAI171便(ボーイング787-8)が離陸後約30秒で墜落炎上し搭乗していた242名(乗客230名、乗員12名)のうち241名が死亡した。乗客1名は奇跡的に大きなけがもなく生存。地上では巻き添えとなった死者が33名出ている模様。ボイスレコーダとフライトレコーダは現場から回収され解析中。(写真はwikipediaより)
現地気象条件はUTC12日8時のMETAR(本空港)で 120800Z 25007KT 6000 NSC 37/16 Q1001 NOSIG と風はほぼ正面から7kt(3.5m/s)、視程6km 、雲なし,気温37℃露点16℃、気圧1001hp で飛行には問題ない状態だったが気温は結構高い。
滑走路は1本で05/23,長さ3,505 m (11,499 ft)、標高58m。
機体はボーイング787-8、座席数256(C18、Y238)で90%の搭乗とほぼ満席の状態。
製造のラインナンバーは26で比較的初めの頃の機体(機体重量がまだ下げ切っていない頃の機体と思われる)2013年末製造で11年くらい運航に供されている模様。
離陸時のビデオ映像が公開されていてそれをみると滑走路端一杯で離陸、浮上したものの脚は上げないで無理に高度を上げ失速したようにマッシュ状に降下している。
アーメダバード国際空港からガトウイック空港までは直線距離で3704nm(6859km)で西行きの飛行であり向かい風になりがちな飛行で燃料は多めとなっていたと思われる。ほぼ満席で気温の高い状態のでの離陸では3500mの滑走路長はそれほどの余裕はなく、ましてやLN26というやや重めの機体故厳しさはなおさらだったと想像される。当日の離陸ビデオでも滑走に路端付近でやっと離陸している状況が見て取れる。
ビデオで見る限り離陸後の飛行は両エンジンの同時不調が事故原因として最も考えられるように見える、エンジン不調で自動展開するラムエアタービンも展開していたようだとの情報も流れている。こんなことを引き起こしえるのはエンジンを制御するソフトに何か落とし穴があったか燃料及び燃料供給系に何らかの異常があった位しか思いつかない。鳥衝突は鳥の残骸が発見されておらずまたぴったり同時に両エンジンを止めるほどの衝突があったとは考えにくくこれではないように思える。
ともかく回収されたフライトレコーダとボイスレコーダには重要なデータが残されているはずであり事故原因の究明が待たれる
これとは別に、エアインディアの機体の整備はトルコの会社が担当しているところがあり印パの戦争状態の現状から事故原因にイスラムの影を疑うNet情報が流れ、急遽トルコからこの機体の整備にはかかわっていないという声明が出されたり、エアインディアがタタグループ傘下に入りエアバス・ボーイングに大量発注を行っており事業の急拡大に進んでいたことが事故の背景にあるのではないかとの憶測が出てきたりと、ネット上の話題は尽きない。翌日のイスラエルによるイラン空爆のニュースに放送のニュースは圧倒されてしまったがnetの情報は出続けており、報道の流すニュースの選択権力のような力がむなしくなりつつある現実も面白い気がして眺めている。
さてどうなるか。

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2025年5月29日 (木)

パソコンの移行に疲れる、いつまでこんなことやるはめになるのか

Win11の新しいAsusのパソコンを買ってもう1か月以上たつ。やっといろいろ動かせるようになってきた。気象解析に使う部分がやっかいで自作のも含め使っていたプログラムはCygwinを使って動かすようにできていたのでこれを新しい環境で動かしなおそうとするとあちこちでエラーが出て乗り切るのに随分かかってしまった。また、メールソフトも含めて、これまで使ってきたもので機能上は問題ないように思って、使い勝手から前のパソコンとできるだけ同じにしようとした、エクセルも前のパソコンで使っていたエクセルを移植したり、メールソフトも同様で、画像ビュワーも使い慣れたXnViewのclassicを探してきて使ったりと、つまらないようなところにも時間をかけてしまったような気もしている。古いソフトはセキュリティー上の懸念があるとされるが、いっぺんに全部を変えるのはついていけない気がしている。難しい時代に入った。このところ時折あちこちでシステムエラーで大掛かりX25052712h250mtemo なソフトの機能停止が起こっている、新しい環境に切り替えようとするところで起こっているようだ、どこか似たものを感じる。こんなことをこれから先人類は延々と続ける運命に陥ってしまっているのだろうか、あまり明るい未来が感じられないような気もしてしまう。
多分複雑化の長いトンネルの先にはすべてがシンプルに扱える輝く時代が待っているのだろう、そこまでの未来まで生き延びられそうにないのが残念だ。
(添付図は新しいパソコンでやっと描いた250m高度測定ベースの気圧、風、気温の例)

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