2025年12月18日 (木)

古代エジプト展を観てみる  ちょっと情けなくなる

今年から来年にかけて東京、静岡、愛知、広島、福岡、大阪、長野 と巡回するブルックリン博物館所蔵品による古代エジプト展が福岡市美術館に回ってきたので早速見に行ってきた。純粋にこんなものまで紀元前20世紀の世界で存在していたのかという驚きと、エジプト政府公認でないこんな展示会は本来あるべきではない、エAncientegypt1216a ジプトの文化財を誇りにするニューヨークの博物館というのもまったくなさけない、という思いが抑えきれなくなる。多くが個人収集家の蒐集品の買い上げ・寄贈という形ではあるが、そもそもの収集家がもとの農民に払ったお金などおそらく今の価値観からはタダ同然で、イギリスの植民地だったからなしえたことではないのか、あるいはそんな買い上げが盗掘を促していたのではないのか、本来の場所に返還されるべきあるいは許可を得て貸与さるべき物のように思えて仕方がAncientegypt1216b ない。大英博物館の収蔵品と同じだ、植民地にしてしまえばこんなことも造作ないとの植民地主義の成果を見せつけられているだけのような気がしてならない、情けない。
人類はこういうことをしてしまう、と実感する意味でも興味深い展示会であるようだ。

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2025年11月20日 (木)

高島野十郎没後50年展をみる

13年前に宇都宮から福岡に越してきた頃 福岡の美術は?と県立美術館を訪れて高島野十郎の何枚かの絵と出会った。これはと思った、ここまで描き切っている写実性に強い印象を受けた、それ以来その名が少し気になっていた。2日前のことになるが、その没後50年展がやはり福岡県立美術館であっているというのでこれは行かねばと出かけてみた。巡回展で千葉が終わってここへ2番目の会場として移ってきたようだ。駐車場は満車だったがちょうど1台出てきて際どく入れた、平日なのに結構入っている。4階から回り始める。県立美術館所蔵のものが多く既視感があるが改めて見入ってしまう。風景画では木の葉一枚小枝1本までそのままのようにSelf1 描き切っている。どのくらいの集中を要するのだろうか、ひずみの無い視点が恐ろしいばかりだ、写真をはるかに越えるリアル感に溢れている。
量の多さも驚くばかりだ。4階から3階へと移っていくがこれでもかとばかり次々に作品が並ぶ。多すぎかもしれない。終わりのほうは見方もラフになってしまっているのを感じてしまう。
戻って少し調べると、今回の巡回は福岡の後 豊田市、大阪、東京、宇都宮 とまわるとある、宇都宮?と思ってしまう。ちなみに10年前に没後40年展も開かれていたようだがこの時は福岡県立美術館Springrain から始まって東京目黒、足利、筑後市(九州芸文館)と巡っていた、ここでも栃木県が顔を出す。何か関係者でもいるのかと調べるがそんなようでもない、ChatGPTに聞いてみても同じ答えだ、細やかに描かれた透明感のある風景画に北関東の自然と通じるものがあるということからかもしれない。そう思うと少し腑に落ちる。

また絵をかいてみたくなる、日々のどこかにそんな時間を作らねばと思い始めている、もう余り時間がない。

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2025年10月 5日 (日)

福岡アジア美術館の特別展 ベトナム、記憶の風景 を観る

ベトナムという国がちょっとわからなくて気になっていたところへ福岡アジア美術館で 特別展 ベトナム、記憶の風景 というベトナム美術展が開かれていると知り、これは見たほうがいいのではないかという気がして見に行った、もう2週間くらい前のことだ、あっという間に時は過ぎる。
昭和通り(昔住んでいたころは50m道路と呼んでいた、昔から広かった)の中央にある入り口からリバレインの地下駐車場に入り、少し奥のこの辺かというあたりにクルマを止めて近くのエレベVietnumart ーターに乗ると直通で福岡アジア美術館に出る。中州だが車で行くのが便利のようだ。
近年のベトナムの歴史をたどって展示は進む。フランスの植民地だったのを日本軍が進駐してフランスを追い払い終戦後またフランスが当然のようにやってきてベトミンとの戦いになる、フランスは追い詰められ撤退して今度は米軍がドミノ理論を抱いてあらわれる、ベトコンとの戦いになり、最終的にはアメリカも追い払う、長い苦しい闘いの歴史だ。日本もその歴史にかかわっている、戦前の日本人画家の作品も紹介されている。抽象画と呼べるような絵は一枚もない、それも当然のように思える。作品それぞれになにがしかの物語がありインパクトがある。
歴史的な戦前の作品やベトナム戦争時の作品、そしてその後のものを見ていく。複雑だ。貧困の実相もある。これはそのままのベトナムを受け入れるほかない、そう思ってしまう。
出口に来るとベトナム人らしきレポーターに日本語で呼び止められる、テレビ取材してもいいかとくる。無論OKだが、どこのメディア?と聞くとベトナム放送局だという。これはちゃんとしてる、ちょっと面白い。何故この展をみることになったか、どう思っていたか、見た後はどう思うか、といったあたりだ。ベトナムという国がわからなくて見に来たがやっぱりよくわからない、流れているものは感じ取れたような気がする、というようなことをとげがないように話した記憶がある。やり取りの一部が切り取られてベトナムで放送されるのかもしれない。しかしともかく何かに参加できたような感触が残ってそれがいい心の残照となっていると感じる。一度ベトナムという国に行ってみなければと思う、でももう遅いかな、そんなことを考えながら会場を後にした。

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2024年7月 1日 (月)

今年も1年ぶりの東京へ行ってみる

梅雨末期の豪雨のような雨の日 1年ぶりに1泊2日で東京を訪れた、6月28日のことだ。卒業50数年後の同期会が2つあってそれに出るためだが、そのほかにも福岡からでかけるのもあって、せっかくだから見ておきたい、というのが幾つかあった、都知事選の様子とデ・キリコ展、それに勿論東京の変わSinjyuku っていく様も知りたい。
羽田に到着後一つ目の同期会の会場目指して京急経由山手線新宿駅に向かった。渋谷の変貌も気になったが電車から眺める限りではパッと見た目工事中という雰囲気は感じられず変貌も一段落のような感じが感じられる。新宿に着いて地下通路を西口のほうに来ると工事中の白い板張りばかりが目立ち地下通路も迷路化している印象がある。地上出口を探して地上に出るがひどい雨で出口からほのかに眺めるほかない、西口広場全体が工事中で姿を変えようとしているしスバルビルが消えて見慣れないビルの姿が見えたりで昔の西口の印象から随分変わってきている気がする。そうか新宿も変貌中なのか、とまた地下に戻って小田急で会場へ向かう。建物のような入れ物は変わり続けるようだが、大勢の人が東へ西へ南へと縦横 に動き回るさまは何だか変わりない。
Senkyo 都知事選の方は翌日上野あたりでポスター掲示板を探したが見つからずやっと東大正門前まできてお目にかかった。第一印象はひどい選挙だ、というものだ、真面目に都知事を目指しているのは3-4人位しかいないのではないか、掲示板の必要がどこにあるのだろうか。民主主義の制度・やり方をすべからく見直すべきフェーズに入ったとこの掲示板が示してくれるように感じてしまう、そうなのだろう。掲示板以外に選挙の雰囲気はどこにもない、これは現職有利かな、とりあえずそんな風に感じる、期待したほどの見ものではなかった。
宿は銀座から築地エリアに寄ったところにあるロボットホテルを予約していた。気楽で朝食が付いたりするのがいいのだが、それがいいのか中国人の客が多い、だからといってどうということもない、同じようなものだ。円が安めに安定してもっとたくさんの中国人がこんな風に訪れてくれば国民間の変な誤解が薄らぎ安全な世界に近づけるのではないか、そんな期待が頭をかすめた。
東京都美術館のデ・キリコ展は事前に予約で切符を買っておいたのもあってスムーズに入れたが、量が多くてちょっと疲れた。いわゆる形而上的(Metaphysical)絵画が中心となる、事前に思っていたほどには現物に接すると違和感がない。面Chirico 白いというより人間の本質にはこんなところがあるということを感じたそれをそのまま素直に絵にしただけかな、と思ってしまう。個人的には最初の自画像、Metaphysical Muses あたりが気に入っているが、とにかくこれくらいまとめて見ると堪能したと言いたくなる。
同期会の方はいずれもそろそろ年限に近づいている感がにじんでいて、もうほとんど参加することに意味がある状態に達しているように思える、いつまでもはもう出れない。
 
今年も感じることが多々あった東京行だった、眺め続けることは、面白いことだとつくずく感じる、それがいい、また来年も。

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2024年3月10日 (日)

ローマ展を見る

正月から3月までの期間にはいろいろ博物館や美術館で興味深い展示があって、見なくてはと思っているうちに時がするすると過ぎ去ってしまって少々慌てている。すぐにも終わりそうな「永遠の都 ローマ展」というのをまずは見に行った、大濠公園にある福岡市美術館での開催だ。例によって放送大学の学割で入る。そんなに混んでいない。ローマのカピトリーノ美術館所蔵が中心という。よく知らなかったが世界的に最も古い美術館といってもいい歴史があるらしい。コロッセオの北Caesar西600mくらいのところにあるようで、フォロロマーノのそばでもありいかにも古い都の中心部にある美術館という趣があるようだ。
福岡展の目玉はカラヴァッジオの洗礼者ヨハネの絵画となっているようだが、展示として印象的なのは数多くの彫像やレリーフだった。20数年前にローマを訪れた時に感じた彫物芸術がローマの特徴というのを改めてここでも感じてしまう、圧倒的だ。カエサル、アウグストゥスといった支配者の像ばかりでなく女性の胸像や老女像といった生き生きとしたその時代を感じさせる像もあり像として残すということが色々なレベルで行われていたというあたりが感じられて興味深い。現代は残すといえば写真ばかりだがそのうち立体写真や像で残すということがはやり始めるかもしれないなどと思ってしまう。それとは別に美術系の教育で用いらPhoto_20240309234901 れる石膏像スケッチの原点が実はここにあったのかと思い至るのもちょっと面白い。カピトリーノのヴィーナスが東京だけの展示で福岡には来なかったのは残念だった、とか色々思うがまたローマに行ってみるのもいいかもしれないと感じさせてもくれる。

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いい展示だった、見れてよかった。添付は展示彫像で上からカエサル、アウグ

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ストゥス、トラ ヤヌス、ハドリアヌス、女性の胸像、老女像、マイナスを表す浮彫の断 片、ディオ ニソス の頭部。

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Roujyo
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2023年11月20日 (月)

芦屋で砂の彫像展を見る

玄海灘に面する芦屋で砂の彫像展があっているという。芦屋というとすぐに思い出すのは芦屋からの飛行というアメリカ映画があったことだ。芦屋飛行場は昭和28年まで米軍の朝鮮戦争の前線基地であり芦屋の街は当時米兵で溢れていたらしい。今は航空自衛隊の訓練基地で何度か街を訪れたことがあるがあたりにミリタリ色はあまり感じられない。
芦屋の砂像展は数年前にも開かれていた記憶があり一度は見てみるかと思っていた、天気のいい日に出かけてみた。場所は芦屋海浜公園(アクアシアン)内特設会場で夏は泳ぐのにいい浜に設置されているようだ。オフシーズンの催しとしてということかもしれない。入って眺めていくと迫力のある砂像の制作者の中心は海外勢だった、思いもよらない感じがする。さっぽろ雪まつりの砂版かと思っていたらそういうことではないようだ。
入場の時に渡されたパンフレットを後でよく見てみると、国内のあちこちで開かれる砂像展の仕掛け人は概ね同じ人(茶圓勝彦氏)のようだと分Asiyasazou01 かってくる。去年訪れた鳥取砂丘にある砂の美術館の企画・プロデュースを行っているのもその人だ。世界的にも一定の数の砂像彫刻者が存在し続け彼らとつながりの上にこのような砂像展が開催できているということなのだろう。砂像彫刻はさっぽろ雪まつりのように自衛隊などが出て大勢で作るものではなく基本的には普通の彫刻と同じで一人で作るものらしい。制作には大体1-2週間位かけるようだ。日本には数えるほどしか砂像彫刻家と呼べる人はいないようでもある。
作品を歩きながら見ていく、それぞれによくできている。
今回の砂像展はテーマが昆虫で、海外の作家の作品にも日本の昆虫を調べてそれらを組み合わせ砂像を完成させたのが幾Asiyasazou03 Asiyasazou02つかあったりする、会期が終わったら壊されるというのでは惜しいとも感じさせた。
訪問後しばらく経つと作品のディテールは頭の中からどこかへ飛び去ってしまう、でも知らない世界に触れた思いは残り続ける。少しでも知ってる世界の境界線を拡大したい、その気持ちが眼前に展開する自分にとっての世界を支え続けているような気がしている。

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2023年5月30日 (火)

古代エジプト美術館展を見てエジプトの謎を感じる

古代エジプト美術館展というのが福岡アジア美術館で開かれていてもう終わりそうなので一週間前位に見に行った。美術展ではなく美術館展というとおり渋谷の古代エジプト美術館の収蔵品の展示という形だ。ほんとなら今頃はエジプト・トルコツアーに出ていたはずだが、随分高いのもあって申し込んだものの何もこんな円安の時にと思い直してキャンセルした、その記憶がまだ新しく、エジプトとあると見ておきたくなる。
クルマをリバレインの地下駐車場に入れる、ちょっと厄介な駐車場だ、久し振りだ。エレベータで7階まで上がって入場券を買うのだがここはキャッシュレスにとスマホで掲示されたページへアクセスして進めていた、しかし入力に要求される項目が多く小さいスマホからの入力が押し間違いばかりとなって遂にあきらめてキャッシュを払って入場した、カード払いもできない。勿論放送大学の割引が効いて学生料金で割安なのだが、何でEgypt0230522 現金のみ?、何だかなあと感じてしまう、頭の固い人がやっている美術館の気がしてくる。
展示は小さなものがいろいろ並べてあり紀元前35世紀位のもの(添付左)からあるが、大半は紀元前10世紀位の様だ、見ていくとどうも出土年代表示がきっちりしない感じがする。時代を追った展示にもなっていないのでちょっと見にくい。出土状態から年代を読むことができにくく、同位炭素で測れるような木製も少なくて、デザインにも大きな違いないため年代決定が難しいのかEgypt1230522 と想像してしまう。展示の中で引っかかるのはハヤブサだ(添付右及び左下)。鳥の中でもハヤブサに特別の意味を込めていたのが伝わってくる。もっと大きな猛禽ではなく何故ハヤブサなのか、いくら考えても分からない。チャットGPに聞いてみても「他の大型の猛禽には同じような特別な地位が与えられなかった理由は、具体的にははっきりしていません。」とあっさりで、解らない。
象形文字も非常に長い間同じ様な表記で引き継がれているようだ、何だか進歩が意図的に止められていた社会のような気もしてくる。それは何故なのか。
やはりエジプトは謎だ。円安も終わったころにでも元気が残っていればやはり行くべきところの様なEgypt2230522 気がしてきている。この世のすべてを見ることは不可能とはわかっていても。

 

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2023年5月27日 (土)

九州国立博物館のアールヌーボーガラス展を見る 

欧州のガラス工芸の源流、紀元前14世紀のエジプトのコアガラスの手法で作られた脚杯(左下図)から始まるガラス工芸の展示がアールヌーボーガラス展とKoaglass0501a銘打って九州国立博物館で開催されているというので、5月の初めに見に行った。この時代にこんなものまで、と思うほどに古くからガラス細工の工芸がエジプト・中東・欧州で作り続けられてきているのに驚かされる。現代でも通用しそうな装飾も2000年前には作られている(右下図)。見ていくとこの長い歴史の上に19世紀末から20世紀初頭のアールヌーボーの時期にエミールガレやドーム兄弟による燦然たるガラス作品が生み出されてきたというその流れが理解できる、そういうことだったんだとの感がある。更にあのパリコミューンを生むことに至った普仏戦争によりガレやドーム兄弟の故郷の地はドイツに奪われるが却ってそれが彼らの作品Koaglass0501bを生み続ける強い意志をもたらすことにもなっている、驚くべき歴史だ。そんな戦争に明け暮れた欧州の雰囲気が今のウクライナ戦争にも漂っているところが見えてきて現代的な問題につながっているように感じられるのも面白い。

さてエミールガレだ。ガラス工芸の技の極致を駆使してガレは表現しているように見える、半端でない。ジャポニズムにも傾倒し伊万里焼風の作品もいくつか残している。昆虫や草花をデザインに取り入れることで他には見られない作品群(例えば左下図)を残してもいる、多才だ、圧倒的だ。
Irisbud0501g1a ーム兄弟の方はガレとは違って大衆化の道を進めたように見えてしまう、芸術性より日常使いの美しいガラス器を多く生み出しているように見える。それにしてもなかなかの展示だ。

見終わって、ベネチアがガラス工芸を誇り薩摩が切子を生んだ歴史の展開がやっと少し腑に落ちた気がした、そこには強いアイデンティティへの意志があったのだ、見るべきものは見るように努めねば、そう思う日々だ。

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2023年5月25日 (木)

福岡市美術館でミュシャ展を見てジャポニズムを感じる

5月は少し気になる展示がいくつもあって、見なくっちゃと思っているうちに会期末が迫ってくる、今日は最後の福岡市美術館で開かれているミュシャ展を何とか見に行った。今回の展示は膨大なミュシャ作品を所有するチェコのチマル博士のコレクションから厳選したものの巡回展という。
ミュシャというとクリムトの頃の画家というくらいの時代認識しかなかった、確かにそうだがクリムトとは道が少し違ったようだ。年代を追うと、ミュシャは挿絵で生業を立てつつMyusyaa1 あった頃の1894年、女優サラベルナールを描いたポスター「ジスモンダ」で一気ににそのスタイルを確立してブレークしている。展示されている「ジスモンダ」を見るとその太い外形線にはどうしても日本の浮世絵の影響を感じてしまう(左図)。ついこの間九州国立博物館のガレ展で見たエミール・ガレのこの頃のガラス作品にも日本の伊万里焼の影響が濃い作品が展示されていたのを思い出した(右下図)。ジャポニズムという当時の文化的風潮が新しい芸術運動の核心部にあったことをあらわしているように思えてしまう。アールヌーボーの時代とはそういうことだったのだ。
ミュシャの作品の多くはリトグラフで印刷されたものだが、19世紀末から20世紀初めの時代にこれほどカラフルな印刷物が世間に流通していたことにも驚きを覚える、ハーフトーンを含めて発色がよく今の時代にも退色していない。
絵画を芸術という象牙の塔から広くあらゆるところに解放していく、そういう動きを切り開いていったミュシャという人、多才Galleimari という言葉だけではとてもカバーできない大きなインパクトを後世に与えているようだ。見れてよかった。

生きていて見れること感じれることには限りがある、でも、見たいものは見、知りたいことは知り、水のように自由な時間を過ごしていきたい、そればかりを思うこの頃だ。

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2022年10月27日 (木)

写真展「祈り・藤原新也」を見る

藤原新也という写真家がどうにも気になっていた。東京漂流という本がでたあたりから、自分の活動範囲の中に引っかかってくる写真や文が幾つもあるような気がしていた、少し前まで日本野鳥の会が発行していた『Toriino』にもレギュラーとして写真と文を毎回載せていたのもある、何かがある。
北九州で「祈り・藤原新也」という写真展が開かれていてもうそろそInori1ろ終わりそうだというので思い立って出かけた。小倉には殆ど行ったことがなくとにかく車で走って近くの駐車場に入れればいいのだろうと走り出した。リバーウオークというビルの5階の北九州美術館分館および近くの北九州文学館に分かれて開催されている、ちょっと厄介な気もしていた。道が混んでいて予想した1時間半では着かず2時間弱かかってしまったがとにかく安そうなコインパークを見つけて車を置いて会場に入る。それほど混んではいない。分館の方は写真撮影可で、これはというものをパチリパチリ撮りながら進む。
始めのインドの写真から厳しい写真だ、もちろん手持ちでピンが緩かったりは問題にならない。路上で書も書いている。多才だ。よくこんな生き方の世界に入り込めたと思う。最初のインド行は朝日新聞のプラン募集に応募したのがきっかけだったとどこかで読んだ。それがすべての始まりだったのだろうが、芸大油絵に初めての受験で合格するあたりから何かが起こっていたとも思える。とにかく持っている人だ。北九州という土地が生んだ松本清張や火野葦平とどこか通ずるところがあるような気もしてくる。博多にはないまじめさというか。フワフワしたところがない。深く突っ込む。最初のインド行では自分のカメラを持っておらずお兄さんのペンタックスSPを借りて旅立ったともどこかで読んだ。その写真を当時のアサヒグラフが特集したのはその見方視点の故だろう、テクニックから写真入る人にはないものを持っていたということなのだろう。
帰って東京漂流を図書館から借り出して読んでみる、思っていたより写真がない、ほぼ文字の本だ、読んだことがない文章だとも思ってしまう、東京漂流から転載された写真を見て印象に強く残っていたということだろうか、でも、感じるところの多い本だ。

いい写真展だった。流れるように生きてきた空間は過ぎ去っていく、見たいものを見、感じたいところで感じる、こんな生き方を続けていくだけなのだろう。

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