2026年2月 2日 (月)

2026年1月の俳句・短歌・579句

ほぼ毎日書きなぐっている俳句・短歌のようなもの および月の途中から新しく始めてみた579句の1月分。その時感じたことが焼きついていて、読み返すと、そうだった と感じ直すところが面白い。

俳句 (ルリビタキ空)

荒れ模様時代を映す初詣

冬深しまたヒヨドリの騒ぎおり

ホトトギス密かに開く冬の庭 
  
毒のあるシロヤマブキの作戦が

ウグイスの地鳴きの声も懐かしき

買ってきた七草がゆの塩辛さ

正月にカササギペアがおめでとう

満席のニューイヤーコンあけまして

ロウバイもピカピカになり寒まさる

つぼみには春を潜めて庭の梅

サボテンの春の予感がまぶしくて

小春日やカワウ羽根開け風和む

小春日の池賑やかに鳥動く

つわぶきのわたげも少し疲れぎみ

春近し青子の池にコガモ浮く

寒菊の咲き誇りたり侘びた庭

白梅の密かに開く寒さかな

メジロきて一月らしい空の色

突き刺さる寒気弱まる体撃ち

アオサギも葦を頼りに寒波耐ゆ

ダイサギはうれしそうなり冬の池

アオジ来るマガモは去って冬嵐

重い雲スズメのなる木冬景色

この梅はどこから飛びし梅かいな

キンクロは相手ができて冬の池

サザンカもこれが最後か春じわり

日差し良し布団干してや夜おでん


短歌

寝坊して初日の出には遅れしが昇る朝日は自信ありげに

正月もあに休まらずがたぴしと暇なし老人それもまたよし

暇なのに時間が足りないそればかり残り時間がとにかく足りず

3が日過ぎても雑煮抜けられず餅はあるだけ使うほかなくて

つながりがぽろぽろと切れていく賀状減るもメール年賀いい

デイサービスこれも行けなくなってきてスパイラルのよう落ちていくさま

風邪のようなぼんやりした雰囲気がこのまま続くようで怖くもある

こんなでは最後の挨拶できはせぬいったい何をしてきたのだろうか

ニューイヤーコンサートには定番のワルツポルカよりガーシュインがいい

ブログ書く投稿できる反応もこうしていればボケもくるまい

思うには任せられずに介護日々どうなっていくも大差ないよう

風邪をひく命関わる思いして 最後のおじぎ浮かんでは消え

なにやかややること次々押し寄せて何時になったら静かな余生

うつららと景色は過ぎて時は過ぎ何だか文章へたになったなあ

試験あり試験で進む勉学がやはりこれが学びの基本か

とにかくもひとつ試験を乗り越えて前に進めた感触よくて

この季節確定申告パソコンで去年の手順忘却彼方

一月は忙しくあれたんたんと過ぎていくのが毎年の形

過ぎていく一月の時これっきり掛け替えのない風流れ去る

ペチュニアのけなげに咲いて冬盛り手加減しない冬将軍に

寒波来る北米寒波連動す国境のない地球がリアルに

雲低し寒いばかりの日が続く春は彼方に遠ざかったな

車検くる動く車に問題なし濃厚検査仕事つくりか

デジカメのレンズにゴミが紛れ込むどうにも取れないゴミと共存

松浦の家宝並んで熱きもの心伝わるこれぞ宝よ

税金の重みがじわり効いてくるまだまだ持ちこたえねばと念ず

起きてこずそのうちほんとに永眠か限りある日々終末のリアル

庭に来るスズメらの数増えてきて鳥と話せぬもどかしさつのり


5-7-9の句

一月に連れてこられたメジロの寒さかな

突き刺さる寒風を受くなにくそこれくらい

寒波来る極渦こぼれ北極がここまで 

野鳥池ハシビロガモにホシハジロキンクロ

木枯らしに小鳥にぎわうシジュウカラアオジ等

重い雲スズメのなる木真冬の風物詩

飛梅のほのかに咲きて二つ三つそっくりに

いくつものやることやってしのぎ行く初春

忙しい春がまた来る休むは今のうち

極東と北米寒波地球の意思表示

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2026年1月30日 (金)

コンデジのレンズごみを取る

つい3日くらいまえ、ネットでたまたま見つけた鹿助公園の池に面している「池のほとりと」というカフェが気になってちょっと見に行ってみた、散歩コースだ。行くと普通の2階屋のようで、入り口を見過ごしてしまう、戸を開けてくれてすんなり入れたがちょっと入りにくい。靴を脱いで上がる2階の部屋を1人で占有できてくつろげたが、いつもこうはいくまい。眺めがいいのでガラス戸越しに見える鹿助池の写真をコンデジ(キャノンPowerShot SX700HS)で撮ったりしていたが画像の一部に滲みがあってレンズにゴミがついているようだった、見ると、何とレンズの内側にゴミが入っている、ちょっと驚いた。もちろん拭いても取れない。そういえば2-3日前から写真がどこかしゃっきりしないRokusuke ところがあるように感じていたがこれのようだ。戻ってレンズをたたいてみたりしてゴミを動かそうとするがどうにもならない。困った。Netで調べたりするが直すことは難しいようだ。しょうがないので同じ機種をヤフオクで探して適当に入札してみる。30倍望遠のコンデジは散歩中の野鳥の撮影にも便利で重宝していた、現在は製造終了している。最初に使っていたのが数年前にズームメカが壊れ、ヤフオクで探して買った2代目がいまあるものだ。またかの感があるがどうしようもない。今のは買ったときは中古とはいえ使用感が少ないものだった、いい買い物だったと感じていた。今回は落札までにはまだ間があるので、ゴミとりのほうも何とか試してみようと、AIに聞いてみたりして調べてみる、ブロアで空気を吹き込むというのや掃除機で吸い出す、というのがなくはないようだ。手持ちのブロアでは非力で効果なく、ちょっと危険だが掃除機のパイプをレンズにかぶせて吸い取るというのをやってみた。これが何と大成功でたちまちゴミはどこかへ消えた、どこへ行ったか分からないがとにかく撮影の邪魔はしなくなったので問題解決だ。懸念したカメラの調子やピント合わせの具合などには悪影響は感じられない。
入札したヤフオクのほうは出品者に入札辞退の連絡を送ってみたら受け入れられたようで入札は消えた。一件落着だ。
やれることはみんなやってみる、これが良かったようだ。うまくいって少し元気になる、こんなことが案外長生きの秘訣かもしれない、そんなことすら思い始めている。
ことしはこのままいいことが続きますように。

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2026年1月24日 (土)

579の句を作ってみる

寝る前に俳句をひとつと和歌をひとつまねごとのように書いているが、575にとらわれるのもなんだか古臭いにおいがしてきて、ここは新しい形はないものかとの気がしている。今思いついているのは俳句の575ではなく579の句というのがあるのではないかというあたりだ。575はまとまりがよすぎて広がっていく感じに少し乏しくなるようにも感じている。577というより579まで下を広げると新しい世界ができてくるかなとも思って試しに作ってみる。

突き刺さる寒風を受くなにくそこれくらい

白梅は密かに開き春の一番乗り2026012712utc250mwind

寒波来る極渦こぼれ北極今ここに

俳句のしまりのある感じがなくなって少しばかりとらわれなくなっているところが面白いと言えばそうだ。好きずきだ。

もしかして他でもこんな試みをする人がもういてるのかもしれないとNetで探したりAIに調べさせたりしてみるが今のところ見つからない、

もう少しこの579の57句で遊んでみようかと思っている。

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2024年5月11日 (土)

放送大学で「家族と法」を学び始める,知らなかった世界に入っていく感じが面白い

半年に一つだけ放送大学の講義をとるということを始めてもう十年くらいたつような気がする、まだ続けている。いくつになっても学ぶことが楽しいからだろう。2024年上期は「人生100年時代の家族と法」という講座をとっている。終活という文字が少し気になり始めたこともある、民法も大幅改Kazokuhoou 正されたようなこともある、ここらで一度学んでおくべきか、という現実的な部分がその動機の大半だ。
退職してからは遊びで法を学んで試験を受けたりもしていたが、この講座を学び始めてそうだったのか、ということにいくつも出くわす。まずは裁判に関する統計資料だ。全国の裁判所に申し立てられた事件数を民事・行政、刑事、少年、家事の4つに分類すると、2000年から2020年で家事が倍増し他はいずれも急減、いまや家事裁判数は刑事、少年をしのぎ民事・行政に迫る件数で、総件数の1/3になっている、という現実を見せられる。離婚や相続などの家庭を舞台にした裁判が急増しているということになる、マスコミではこんなことが報じられたことは一度もない、マスコミは要するにセンセーショナリズムだということをまた思い知らされる。講義はまだ全体の半分までは進んでいないが他にもアレということがいくつもある。例えば前回講義の国際的な婚姻にまつわる法律だ。婚姻できる年齢は日本では男女とも18歳以上で、これも改正民法でこうなり以前は男18歳女16歳だった。もし中国人と日本人が日本で結婚する場合、中国法では結婚年齢は男22歳女20歳となっているため中国国籍の人がこの年齢未満であれば日本でも婚姻は受理されない、という。中国の法が日本国内の法的手続きに効力を及ぼしている、こういうものらしい。アレっと思うのは結婚年齢が中国では高いところだ。中国での一人っ子政策の名残りかな、と思ってしまうが今では中国も急速な出生数の低下に直面しており、すぐにはパッパッと法を変えられないのかもしれないとも思ってしまう。
もっとも、結婚可能な年齢と出生数の関係よりも実結婚年齢の高齢化晩婚化が世界の出生数低下の主要な要因であるようで、調べていくと、ことはそう単純ではないようだが。
 
こんな風に今まであまり向き合ったことのない世界に入っていく感じが、世界はどうなっているか、我々はどこへ向かっているのかを学ぶことにつながるような気がして、なかなか面白い。 やはり学ぶことはいくつになっても楽しい。

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2023年9月27日 (水)

図書館から本を借りて読んでいると

本を読むのは図書館から借りて読むに限る、と思っていた。借り出し期限内に読み終えなければならないという観念が付きまとって無理しても時間を作って読むことになる、これがいい。ところがこのところ借り出せる本の上限10冊までを抱えて、期限が来れば貸し出し延長を申請するという状態がしばらく続いた。これではいけないと思いながらもまだ読み終えていない本を返すに忍びない、読み終えないうちにこれは面白い本かもしれないと別の本に予約を入れる、これを繰り返して上限に達していた。しかし10冊は多すぎる。今週予約していた本が3冊来て身動き取れなくなって、エイッと6冊ほど返した。
ちなみに借りていたのは
 目で見る美しい量子力学 外村 彰/著 サイエンス社
 糸島モデルコース25 2023-2024 ぐる~り糸島別冊 聞平堂
 天野先生の「青色LEDの世界」 光る原理から最先端応用技術まで ブルーバックス 天野 浩/著 講談社
 Newsweek(ニューズウィーク) 日本版 2023年9月12日号 CCCメディアハウス 20230912
 私の1960年代 山本 義隆/著 金曜日
 食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探究の書 エリザベス・ギルバート/著 ランダムハウス講談社
 古代の世界現代の省察 ギリシアおよび中国の科学・文化への哲学的視座 G.E.R.ロイド/[著] 岩波書店
 ソフィストとは誰か? 納富 信留/著 人文書院
 プラトン 哲学者とは何か  納富 信留/著 日本放送出版協会
 BOOKMARK 2 翻訳者による海外文学ブックガイド 金原 瑞人/編 CCCメディアハウス
の10冊で、このうち2番目、4番目、7,8,9,10番目を返した。2番目(糸島)と10番目(BOOKMARK)は読んでみると手元に置くガイドブックとして有用そうなので別途買うことにした。7(古代の),8(ソフィスト),9(プラトン)は放送大学でギリシア哲学をとっていたのでその関連で読んでいたものだから、講義も終わって返すのは普通なのだが、まだ理解できていないところが多々あって抱えていた。頭に入りきれない、でもこれ以上はプラトン全集を読む方に移るべきかとも思えて返すことにした。
1番目と3番目は量子力学関連で見ているが、これもまだ理解できていない、もう少し、と延ばしている。もう無理かもしれない、時々そう思う。特に1番目の量子力学は写真をHon0927a 見るのはいいが書いてあることは理解しやすいようには書かれていない、そういう世界なのだろう。新たに予約して借りたのはリーマン予想の本で(素数に憑かれた人たち リーマン予想への挑戦 ジョン・ダービーシャー/著 日経BP社)こちらも少々難しそうだ。また抱えそうだ、でも知らない世界に入り込んでいく感覚が面白くてこんなことを続けている。
どうせ死すべき運命からは逃れられないのだから気ままに生きていくか、そんなことばかり念じながら時が過ぎて行く。

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2023年7月22日 (土)

庭で採れたウメで梅干しを作る

今年は庭の白梅が沢山実をつけ、梅酒、梅ジャムをそれぞれ2瓶位作ってみたがまだ余るのもあってこの他に、梅干を試しに作ってみた。Netに幾つも出ている梅干しのつくり方をみればやり方は解る、面倒の少ないシソを使わない白干しとし、熟れたのがいいとあるので黄色く熟れた実を8個抜き出して作り始めた。塩はウメの18%(重量比)とあったのでほぼそれに従う、梅ジャムの砂糖よりはるかに少ないし安い。容器は金属を避けてまた土鍋を使うことにし、重しはペットボトルに水を入れたものを使った。梅8個であれば500㏄のペットボトル1個で丁度な感じだ。4日くらいその状態で置いておき、後は日光に当てて干せばいい、というのだがこの時分なかなか日が安定して射すという日が無くて困った。切れ切れに2日位は日に当てたが後は部屋干しとなってUmebosi1 しまった。干す段階で1週間位費やしもういいだろうと試食してみた。随分と塩辛くたっぷりお茶を入れるお茶漬けに使う位しか思いつかない。残りは冷蔵庫に保管している。梅ジャムは毎朝パンにつけて程なく完食したが、梅干しは元々殆ど食膳には出てこない生活だったこともあり有難味が薄い。塩辛いものは何となくためらってしまうのもある。表面の塩を洗い落とせば少しはいいのかもしれない。
ともかく今日この頃の街での生活では庭で採れたものを食べて楽しむというのは遊びのようなものだ、こんな風に時を過ごしていくことそのものが心地よい。

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2022年5月26日 (木)

短歌や俳句を時々書いている

短歌や俳句を時々書いている、和歌はNHK和歌に、俳句はNHK俳句および現代俳句協会、に投稿するのが目的のように書いている。NHKのはお題があってそれに合わせて作っているが現代俳句の方は特にはなく自由だ。並べてみるとお題に合わせたのはそれに引きずられて脈絡がない、何だろうと思ってしまう。マンネリにはならなくていいが、自分としてはやり方を考え直した方がいいような気がしてくる。
俳句の方は野鳥を詠みたいと思っていたが野鳥の季語にそうかなあというところがあって山谷春潮の野鳥歳時記をみたりもしたものの、矢張り納得できないところもあり結局思うが儘に詠むしかないという気が今はしている。リアルな野生を読み込むのは芸事の様な俳句にはなじまないのかもしれない。

最近3か月くらいの作品は短歌(NHK投稿)が

暖かき雨見つめ合うスズメ2羽電線揺れて恋の始まり

空がくさ宇宙たい でどげんしたと 何もなかたい見とるだけでよか

戻りたい「いいね」のなかった生活に春風がただただ気持ちいい

名物くさなんだちゃ食ぶるもんなんや うまかものなしちゃなかろうもん

ああ乾いた空気飛び去っていく木々かって住み生きし時沁みるこの地

正月は胃もたれ残して過ぎにけり行きつく果ては閻魔の餌食さ

池を廻っていつものアオサギに会う 僕らは今やいいチームかもね

天井の木目の襞を眺めおりここらが永久の寝室ならん

どこから来どこへ行くのか人駅を大河のように流れ続ける

俳句の方はNHK投稿が

万緑に赤を加えて阿蘇の山
うす味がいいとは限らぬ夏料理

薄闇に紛れるように蛍浮く
静けさや雨を匂わせ南風(みなみ)吹く 

かみなりの怖さ一番夏ヨット
雷の田んぼをこがし去りにけり

春風にまあるい雲がのったりと
恋スズメぴちゃぴちゃびちゃと騒騒し

もう日の出朝から忙しシジュウカラ
羅(うすもの)を貫き通す温暖化

さりげなく小物ファッション夕涼み
この団子どこの摘草だったっけ

卒業して友達何人できたかな
嬰児や回して回ってかざぐるま

風柔くのびのびしたり涅槃像

現代俳句のほうは
ハチクマのもう現るる立夏かな
自然なら桜の後ぞシクラメン

しなやかに松にもたれる花海棠

ピューヒラリ懐かしき舞初ツバメ
歳重ねいつまで会える初ツバメ

その他
青葉木菟ホッホ響かせ闇に舞う
カワラヒワ キュルルキュルルと初夏の風

 

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2022年5月13日 (金)

クイーンビートルでサンセットクルーズ

コロナはちょっと落ち着いてきた感があって、博多どんたくも今年は再開された、3年振りだ。しかし、やっぱり人ごみになりそうでどんたくを見るのは止めにすることにした。そのかわりにと図ったわけでもないが、JR九州のクイーンビートルを用いた博多湾サンセットクルーズに乗ってみた。そもそもは、このクルーズに300人が当たる無料招待募集が市政だよりにあったのでそれに応募してみていたが、外れました、しかし外れでも半額で乗れるというはがきが帰ってきて、これに乗ってみることにQb0504a したという次第だ。クイーンビートルという船はJR九州が釜山との連絡船として2020年に導入した新鋭の高速船だったがコロナで当座の活躍の場を失ってこんな使い方で凌いでいるということのようだ。知床事故の遊覧船とは比べ物にならない立派な船だ。港まではバスが楽なので家の近くから博多港国際ターミナルに向かう直行のバスに乗って出かけた。福岡市中心街を通っていくがどんたくで矢張り人出が多いのが車窓から見える。
16時15分乗船開始17時出航でバスを降りて手続きをしすぐ乗船する。サQb0504c ンセットディナークルーズと称していたように記憶していて食事が出るものと思っていたら、カウンターで無料ビールが一杯あるだけで食べ物はおつまみの様な軽食を買うようになっているだけだった。しょうがない。とにかく混んでないので適当に座る。揚げ物やサンドイッチでそれなりに腹ごしらえしながら窓から海の景色を見るが甲板へ出れないような雰囲気だ。試しに近くにいた船の人に聞いてみると後部甲板には出られる、という。聞いてみるものだ。教えられた後部のスロープを上がり階段で1階分上がるとそれらしいところに出る。椅子が並んだ小ぶりの船室の先が甲板に出る出入り口になっている。風が強いところでは後部甲板だけだが緩くなると横の甲板にも出れる。晴れていて基本的に風は弱く、気持ちがよくてここばかりにいることにする。船は博多湾を出て糸島沖をOomzngdr0504a通って芥屋の大門で折り返す。玄海島、机島のあたりにはカンムリウミスズメが生息しているはずで見れるかもしれないとほのかに期待して目を凝らしKeyaooto0504a ていたがそんなものはどこにも見えない。難しい。糸島の二見ヶ浦を海側から眺めたりしていると海鳥が群れている、少し遠いがどうやらオオミズナギドリのようだ。なんとなくオオミズナギドリは東の方の鳥のように思っていたが、飛翔力もありここらにいても何の不思議もない。出航後1時間くらいで芥屋の大門海域にくる、以前遊覧船で見たように記憶していたが、この少し沖のルートで見ると印象が違う、奇妙な岩礁のように思えてしまう。それ程の感動もなくてUターンして同じコースを戻っていく。またオオミズナギドリの群れを見たり島々の様を見たりしていると時はするすると過ぎて行く。日没はこの日は19時3分でほぼ着岸時だが、戻るにつれ沈みつつある夕日が博多湾の先に見えてなかなか綺麗だ。家族連れだったり女性二人組だったり、壮年や熟年夫婦だったりYuuhi0504a 色々な人が密にもならずぼんやり眺めている光景がいい。
予定通り19時頃着岸してまたバスで戻るがせっかくだからと福岡市ではここだけに走っている2連バスに乗って天神まで行く。ちょっと食べ足りない分を地下街のラーメンで補ってまたバスでのんびり家路に向かう。


こんな過ごし方がこの年になると5月の連休としては一番いいような気がしている。いつまでこんなふうな時間が使えるだろうか、先のことは考えずに今の瞬間を楽しむほかないのだろう,そうまた思ってしまう。

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2021年11月30日 (火)

今年作った短歌を振り返る

久しぶりの雨になって11月も終わろうとしている。もう20日もすれば冬至が来てまた日差しが次第に強まるサイクルへと戻って行く。過ぎて行くこの年を振り返り今年作った短歌を新しい順に幾つか並べてみる。見ていくとコロナがらみがどうしても多くなってしまった、そういう年だ。

 

コロナにて同窓会も消し飛びぬ こうして人はバラバラになる

重々しい 宇宙の力我を縛る 何時もなりたや タイムトラベラー

倒れゆく書店アマゾン恨めしや 時の流れとカネの流れと

高き声イソヒヨドリを追いかけて壁壁壁の団地を過ぎぬ

暮れゆける空気かきわけひとり行く声も出せない人波の中

たてがみを頭に張り付け飛ぶように走りしタローという犬ありき

コロナあり古きソファーに沈み込む薄暗き日々静かに過ぎいく

宇宙飛行士にならずとも目の前にあり伸び縮みする時間

ここまでやればもういつ死んでもいい そうは言っても痛いのは嫌

力なく見上げる空に彩雲がこのままでいい雲が友達

幾つまでクルマを走らせるだろうか脚をもがれる不安ぐるぐる

やりたくば金を払って仕事するそんな時代が遠くに見える

笑わるも挑め常温核融合 憧れし二十一世紀の夢

こんな人だったっけzoomの向こうの表情を眺める自粛の部屋

ファミレスからも足が遠のくどこへ 寂しい時代を生きる我ら

国道だから大丈夫とドライブ ここから階段これも国道

思い出す負ける勝負はするなよな そんな教えで世は渡れるか

まだまだとのんびりしてはいられない爆発のよう波間の日の出は 

インスタのつながり過ぎて疲れあり 地球の裏から今日もいいねが

うつららと春の日過ごす母の家 もう15年も経ってしまった

何となく山のトイレが気になって 山登りから足遠のけり

一声の不思議な歌を響かせてハクチョウは今日北へ戻れり

大島を色鮮やかに歩きけり記憶の中の職場旅行

コンサート一つおきにて静まりぬ咳払えずに唾を飲みこむ

ゴルフにて握るといえばチョコレート遥かな昔錆びれた記憶

心はかぜ オオダイサギの軽やかに天上へ 陽が昇る宇宙へ

歳重ね流れ流れて彷徨いけり教室を出て教室に入る

山ではからすもいのししも威張っている生き物は対等なのだ

マスクよし三密よくて手洗いよし コロナ奉行のメガネが光る

コロナとは比べたくないあの頃の 燦めく語らいさざめく雑踏

美食やめ買い物抑えあらま痩せ 悪くもないかコロナダイエット

 

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2021年3月24日 (水)

サクラの開花日予想がはずれ

自分でやっている桜の開花予想は今年は大外れとなってしまった(予想3/18 結果3/12 @福岡)。原因ははっきりしている。標準的な積算法の利用を疑って今年の開花日予想に去年の開花日の積算値を用いたからだ。

数年前のブログにも書いておいたが、桜開花予想にSakurakekka2021kekkaついては、気象庁の資料を参考に、温度変換日数法という方法を用いている。各日が標準とする気温(ここでは15℃)の日に換算してどのくらいの長さの日相当となるかを各日の平均気温から適当な換算式(=EXP(9500*(日平均気温+273.15-288.15)/((日平均気温+273.15)*288.15)))を用いて計算しこれを 決めた起算日(ここでは2月1日とした)から足していき、一定値に達した時(福岡では24.6以上)を開花日とする手法で自分なりに予測していた。積分的手法だ。
今年も以前通りの値(24.6)を用いて開花日としておけば3/11開花予想となり、ほぼ当たりだった。

一昨年の秋は気温が高くこの影響で去年の開花は標準的な予測よりも大分遅かった(予測3/14 結果3/21)、この前年秋の高温による開花遅れの予測も手法があるのだが(チルユニット補正)ちょっと厄介で、やってみても精度が少し上がるくらいの感じだったと記憶していて、このところやっていなかった。標準木の感度が変わってきているのではないかとひそかに疑っていて、昨年秋の気温が平年並みであった限りこれまで通りの積算値(24.6)で開花とすべきところを、3/21開花だった昨年の実績値(29.0)をそのまま用いていたのがよくなかった。

素直さが失われてきている。深慮が失われてきている。年を取っていくとはこういうことなのだろうか。

もっとも、こんなことをやっていると自分の経年変化が客観的に分かるようで、そのことそのものは貴重な気がしている。

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